山本義隆

Last-modified: Mon, 10 Dec 2018 01:42:19 JST (9d)

山本義隆(やまもと よしたか、1941年12月12日 - )は、駿台予備学校物理科講師。科学史家。2号館,3号館,千葉校に出講。ここでは、山本師の予備校講師としての側面を中心に記述する。

経歴 Edit

  • 大阪府出身。
  • 大阪市立船場中学校卒業。
  • 大阪府立大手前高等学校卒業。
  • 東京大学理学部物理学科卒業。 (1964年)
  • 東京大学大学院博士課程中退。

授業 Edit

  • 科学史の話などを交え、微積分を駆使するまさに駿台らしいアカデミックでハイレベルな講義で、長年の間生徒を魅了しつづけている。
    • 授業時に法則などで人名が出てきた際その人について掘り下げて色々なことを話してくださったりする。(例えばフックの法則に際し彼の様々な功績を紹介した時には、その翌週に一つの例としてフックのノミのスケッチをプリントで配布されることもあった。)
    • 複雑な物理の概念を磨き抜かれた平易な言葉で解説することにかけて、師の右に出るものはいない。その希有な能力は授業はもちろんのこと「新・物理入門」等の著書に惜しみなく注ぎ込まれている。
    • その著者「新・物理入門」は受講者必携の名著。駿台生の物理の教科書と言ってもいい。まるで師が紙面から語りかけて来るようで、授業の理解が増す。
  • 板書は丁寧に書いてくれる。
    • 古くから教鞭をとっておりなんとなく白チョーク一本のシンプルな板書と思われるかもしれないが、意外にも数色のチョークを使いカラフルな板書をなさる。
    • 基本的に解説パートと解答パートに分けて板書なさる。色チョークを使ったり丁寧になさる。
      • 人によっては、数理処理の部分や問題の解答では板書の日本語が少々ぶっきらぼうだと感じる点もあるかもしれないが、簡潔で良いと感じる生徒もいる。いずれにせよ口頭では丁寧に解説してくださるので、適宜メモを取るとよい。
    • また字が独特で、特にvとVが判別しづらかったり、“=”が“–”にみえたり、“v1”が“u”に見えたりもするが、あとで質問にいけば教えてくれる。(新物理入門問題演習の記述演習の模範回答は非常に綺麗だが代筆してある物のようだ)
    • ただ、加齢によるせいもあるのだが、板書ミスや作成担当をしている教材の校正ミスが多い(ただ、大体はその場で訂正される)。 最前列の人は、気付いたら遠慮なく言ってあげよう。 師も「最近の学生は冷たい。」と嘆いている。
    • ちなみに、折れて落ちたチョークは度々踏まれ粉砕されている。また、落とした黒板消しは(必要がない限り)拾わない。
  • 物理は数学ではなく自然科学であることを念頭に置いて、物理的な現象の見方を身に付けるための授業を展開する。
    • 数式や公式は物理の道具でしかなく、本質はbehavior(物理的なもののふるまい)を正しく考察することだと説く。
    • 問題を解いたときには答えがbehaviorに合致するか吟味することを強調する。
      • この際、公式的にしか分かっていない生徒が陥りがちな誤りなどを例にあげることがある。この例が大変身近でありながら本質を説く現象ばかりで、非常に秀逸。
    • 記述式の試験では上記のような物理的な理解が問われているため、師の教える考え方を身に付ければ難しい問題でも合格点をとることができる。
      • 「記述式っていうのんは、答えがあってなくても考え方が合ってれば点をあげますよ~ってことなんだよ?」
  • 物理に道具として使う数学のことを「算数」と呼ぶことがある。フーリエ展開など高級なものでもそう呼ばれるが、これは物理において使われる限りはあくまで計算手段だという意図であろう。
    • ちなみに森下師は物理こそが本来の科学としての数学で純粋数学は傍流だと批判することがあるが、これも根底には科学は自然ありきの学問だという同じような思想があるからだろう。森下師と同じく物性物理専攻の小倉師もこの考え方に近い。
    • なお、故坂間師や笠原師など物理の中でも理論よりの分野を専門にする講師は、数学的な見方を重視するなど若干姿勢が異なる。受験生は機会があれば双方に触れてみるといいだろう。
      • 余談だが、坂間師存命の頃白衣を着て教壇に上がる坂間師を山本師が「理論屋の癖に」と揶揄することもあったという。
  • ベテラン講師の大島師、山口紹師を呼び捨てで呼べる数少ない講師である。また両氏とも山本師を賞賛している。
  • 余談だが、物理S-Part1の幾何光学における解説で師の描く金魚の絵はある種のイベントになりつつある。毎年一度しか見ることができないので写真を撮る者も。(三宅唯師や果てには教職員もこぞって撮りに来るほど。)

担当講座 Edit

2018年度の夏期講習F期間(東大物理、お茶の水校)初日に体調を崩され、以降全ての講座と通期担当クラスの代講が決定。
冬期講習直前講習も担当しないこととなった。

  • かつては、関西にもレギュラー(通期)で出講していた。

通期

全ての担当クラスとも、後任は森下寛之師となった。

  • 物理α「最新入試!」(お茶の水校千葉校)
    • 師が教材作成担当。
    • 問題が重い講座なので、通期授業と比べると、テンポの早い授業を展開する。
  • 東大物理(お茶の水校)
    • こちらは時間に余裕があるので、そこそこ深いところまでやってくれる。授業を通年で受けたいがクラスの関係上それがかなわない人は、この講座を夏冬でとるのもよいかもしれない。
直前Ⅰ期
直前Ⅱ期

人物 Edit

  • 物理学者(素粒子論)。科学史家。科学哲学者。
  • 駿台物理科の象徴で権威的存在。
    駿台において師の名前を知らない者はほぼいないだろう。
  • かつて、パンフレットには世界史の大岡俊明師とともに、長い間、顔写真を載せておらず、知名度の割に謎の存在だった。
  • 予備校講師として故坂間勇師らと共に現在の駿台物理科の礎を築いた人物であり、受験業界の顔とも言える。現在の駿台における最古参講師の一人。
    • 両雄並び称されていた両師ではあるが、山本師の駿台採用の際の面接官が坂間師で、山本師は坂間師が何を言っているのかわからなかったらしい。
    • 共著である『必修物理』執筆の際も衝突があったらしく、「『必修物理』とか言う訳のわからん本を書いた時も……。あの人(坂間師)の美学はようわからん。」と講義中にこぼされていた。
    • 鹿野俊之師や星本悦司師など、現在駿台で教鞭をとる講師陣が浪人時代から教鞭を執っているので、現在の駿台は親子三世代同居状態にある。
    • 元関西物理科No.2の中田俊司師が尊敬する存在である。
      論述問題についても「山本さんの文章は本当に素晴らしい。」と言い、絶賛している
    • 師への賛辞は物理科どころか理系に留まらない。秋本吉徳師、久山道彦師、佐山竹彦師、田部圭史郎師、沼尻正師など数多くの文系教科の講師にも影響を与えている。
    • 若き日に大槻義彦師の代講をしたことがあり、その時の受講生の中にSEGの小島寛之氏がいた。
      • その時、講義前に廊下で煙草を吸っていて、多浪生と思われていた。
  • 予備校講師であると共に科学史家として、そして一番に元東京大学全学共闘会議議長として著名である。Wikipediaにしっかりとした記事が書いてあるほど、世間でもよく知られている。
    • 全共闘議長としての山本師については右記のページを参照のこと→wikipediaの山本師のページ
      • 山本師が湯川秀樹の弟子であったというような話はメディアによってつくられた虚像であると師ご自身が著作に書いておられる(「私の1960年代」より。また大学での講演会でも明言されている。興味ある人はYoutubeなどで調べてみると良い)。山本師のページを編集しようとする人に注意を促したい。
      • 師が若い頃学生運動に携わったことなどが原因となり駿台に来たという話は禁句なのかと思いきや、かなり色々な先生が頻繁に話題にする。
      • 余談だが、師の全共闘議長時代に引き起こした東大安田講堂事件が原因で1969年の東大入試が無くなり、東大志望者が京大を受けることになったが、そのときに当時の駿台生が京大の入試に対応できなかったことから、駿台経営側も京大に対応できるようにと関西進出を決め、関西初の駿台予備校である京都校が設立された、というエピソードもある。
    • また日本を代表する評論家・科学史家でもある。
      • 主に物理に関わる科学史の著作・翻訳を岩波書店やみすず書房など権威ある出版社から多数上梓している。執筆した分野は解析力学、熱力学、天文学、原子物理学と多岐にわたる。
      • 特に『磁力と重力の発見』は第30回大佛次郎賞、第1回パピルス賞、第57回毎日出版文化賞を受賞しており、新聞などの書評でも盛んに論じられた。
      • 2017年現在、日本数学協会の機関誌『数学文化』において「小数と対数の発見」という連載を持っている。師の研究はとうとう数学にも及んだ訳である。
      • 大学生向けの参考書も手がけており、ものによっては大学院生レベルでなんとか読めるというとんでもない難易度である。
    • 秋本吉徳師曰く明月記の記述から過去の超新星大爆発を研究していたとのこと。
    • 大学に入学したら『ファインマン物理学』は原書で読んでほしいとおっしゃっていた。
    • 2018年度第一回東大入試実戦模試、国語第一問の筆者である。
      • 出題されたのは同年1月に出版された『近代日本一五〇年』。
      • 解答解説の筆者紹介では、大学院中退の科学史家となっており、在学中のことや駿台物理科の講師である旨は書かれていなかった。
      • 理系の物理選択者にしてみると二教科に師が絡んでいることに。
      • 「普通あんなの出します?畏れ多すぎますよ」(内野師談)
  • 関西人。適度な大阪訛がとても心地よい。
    • 関西出身なためか、阪神タイガースの大ファン(小林俊昭師談)。
    • 受験生への激励の色紙に「阪神頑張れ」と書いて教務から書き直してくださいと懇願されたとか(大島師談)。
  • ファッションは一貫されているようで、毎週常に色のこけたデニムシャツに年季のある革ベルト、履き潰されたジーンズにレッドウィングのブーツという出で立ちである。遠目でも一目でわかる。
    • 師の影響は服装にまで及ぶのか、物理科の講師の多くが同じくジーンズにタックアウトしたワイシャツという出で立ちである。
  • 伝説の全共闘議長なので初めは恐れおののく学生もいるが、学生には基本的に優しい。
    • 頭脳明晰だが、偉ぶらずとても優しい人格者である。
    • 意外にも遅刻には比較的寛容。他の生徒に迷惑をかけないように、とのことで、講習などで遅刻しても外で待たずに後ろの方で空いてる席にそっと座ればよいとおっしゃる。
      • 「遅刻するな!なんて自分の学生時代を思うと到底言えたものじゃない」
    • とはいうものの「遅刻は時間の損をする」とも。「自分が君らくらいの時、40歳や50歳になるとは思っていなかったからね。なるからね。30過ぎたらあっという間よ」
  • ただ、あまり低レベルな質問はするべきではない。
    • 怒られたりはしないが、どんな質問人気でも親身になって答えてくれるというタイプでもない。
      • 生徒が自分で考えた方が生徒自身のためになるようことを質問した際には、わざと答えず、生徒が自分で考えるよう促してくださっているようにも思われる。
    • 講習の時は質問に関して「一晩考えて疑問点を明確にしてから来て欲しい」との発言を繰り返される。
    • 本人いわく「本来もっともよい授業は、生徒にやれっと言うだけで教えないことだ」とのこと。 自分でよく考えるのが大事だ、ということだろう。
    • 発想は大切にしてくれるが、根拠もない勝手な公式を作って「こういった式はないのですか?」と質問すると次の授業で「こういった根拠のない式を勝手に作らないように。」と公開処刑されることがある。師は公式を丸暗記する姿勢よりも公式が成立する根拠を重視するので、質問をするときは公式を考えた理由もきちんと用意すること。
  • レギュラーの連続講義で、延長した講義の次の講義も始業時間キッチリに教室に現れたため休み時間が極端に短くなり、学生たちが慌てて教室に戻るのを見て、「もう少しゆっくり来ればよかったな。でも、始業ベルが鳴ったのに講師室にいるのは居心地悪いんよ。長岡(亮)は堂々と残っとるけど。」とおっしゃっていた。
  • 師は最近、物理学の原書を読むためにラテン語の勉強を始めたらしい(武富師談)。
  • 意外にも受験生時代は化学が苦手だったそうで、有機分野は暗記でかろうじて乗り切ったらしい。
  • 2018年度の夏期講習の途中で体調を崩され、夏期講習や以後全ての授業において、代講を出すこととなった。山本師には体調に気を付けて、末永く教壇に立っていただきたい限りである。
  • 森下師によると、同年9月7日に退院されたとのこと。元通りに体調が戻ってきているとのことだが、ぜひ無理をなさらないでほしい。
    • 通期の復講については不明。
  • 3号館講師室で学生に扮した某出版社の記者に東大闘争のことを聞かれ、馬鹿デカイ声で「出ていけ」と怒鳴りつけ、力ずくで追い出してたこともあった。
  • 1992年度までパンフレットに写真を掲載していなかった。

【参考文献】

  • 山本義隆(2017)「駿台百年そして在職四〇年」, 『駿台教育フォーラム』第31号, pp.?-?, 2017-08, 駿台教育研究所.

著書 Edit

著作を持って講師室に行くと「僕は字が汚いんだよ」と言いながらサインをしてくれる。
もちろん駿台生の必需品『新・物理入門』でも問題ない。

学習参考書 Edit

一般書 Edit

専門書 Edit

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*1 後任の森下師は既に担当するPart2との兼任となる。