石井光雄

Last-modified: Mon, 11 Nov 2024 16:10:00 JST (14m)
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石井光雄(いしい みつお)は、駿台予備学校化学科講師。3号館,市谷校舎,町田校,横浜校,浜松校に出講。

経歴 Edit

  • 1964年生まれ。
  • 愛知県出身。
  • 駿台で二浪。
  • 東京工業大学第一類入学。
  • 東京工業大学理学部生命理学科*1(?)卒業。
  • 元 TMPS医学館講師。
  • 元 一橋学院早慶外語講師。
  • 代々木ゼミナール化学科講師。
  • 元 城南予備校講師。

授業 Edit

  • 駿台らしい、背景にある化学理論の説明を基本とし、原理に忠実な授業を行う。
  • その一方、堅実に問題を解くことを強く意識しており、特に中級者や計算を苦手とする学生に適した授業である。
    • 計算問題の解説時には、普通の講師なら省略するであろう式やコメントを一々書き記してくれる。この傾向は気体・溶解度積・気液平衡など、多くの受験生が苦手とする分野で顕著。かなり時間をかけて説明し、大問一つの解説に一時間以上かけることもある。
      • 吉田師などの簡潔な板書についていけない人には、この一手間が非常に効果的。
    • その分、授業が解説に終始する際は冗長になり、受験範囲を超えた知識などは少なめなので、上級者には少々面倒な授業かもしれない。とはいえ、正答率が低い問題の解法や化学な得意な人もよく間違える解法を授業で度々示してくれるため、有意義な授業ではある。
  • 授業は基本的に板書で行われる。苦手な人に向けて板書量は膨れ上がっているので、相当スピードが速い。
    • それに加えて板書量も多く、板書のスピードが速い上に口頭で重要なこともしばしば仰ることもあるので適宜メモをとることを推奨する。
      • そのため物量的には大変だが、なかなか密度の濃い授業内容ではある。
      • 上述の通り、計算が苦手な生徒に最適とは言いつつも、師曰く、基本的には中上級者向けに授業を行っているらしい。
    • チョークの色は基本的には白・黄・赤の三色であるが、図や表を書くときは緑・青を使うことがある。
    • 特に問題解説時の速さは相当なものである。小倉正舟師とまではいかないが、駿台の中でも十分に速い部類。
    • 授業の進度も速い上に板書のスピードも速いのだが、丁寧な展開ではあるので、なんとか食らいつけば良い。後からノートを見れば大抵のことは補完できる。
    • 師は補講を組むことが好みではないのか、通期の授業では最終日に近づけば近づくほど板書のスピードが速くなり、最終日にはコバタカと同じくらいとも言われる猛烈に早いスピードで板書をする。
    • ただ、色分けや章立てなどは雑なので工夫した方が良い。特に区切ることもなく、解説から講義に戻ったりする。
  • 無機・有機分野の講義ではプリントを用いて授業を進める。
    • 無機の元素別各論に入ると師が作成した総チェックプリントが配布され、3週で終わらせる。師自身が後期開講時にアナウンスさえする。
      • そもそも師はできる人は無機の授業自体にでなくても良いとおっしゃっている。
      • 師の過去問研究により過去にどこで出題されたことがあるのか、どの程度まで覚えたほうが良いのかをざっくりとコメントしてくれる為,非常に参考になる。
      • 「これは出来なくても良いです。みんな出来ないので。」と、所謂「捨て問」に言及することもある。「〇〇大で出たけど。こんなの出すなぁ↓って僕は思うんだけど」
    • 有機化学においては極力暗記を避けるよう促し、説明には電子論も用いて詳しく解説する。
      • が、どうしても暗記が避けられない項目は他の講師と同様に素直に暗記を促す。
      • 増田重治師ほど高級な話まではしないので、苦手な生徒でもついていける。
  • 師自身が覚えること自体好んでいないため、化学は暗記科目だという概念に対してはやや批判的である。無闇な丸暗記は潰れるぞと生徒に警告している。
  • 質問対応・生徒の面倒見はかなり良く、問題への取り組み方もしっかりと指導してくれる。
    • 高卒クラスの授業では自身の浪人経験のことを口にすることがしょっちゅうある。
    • 師の担当でないパートや市販の問題集の質問も受け付けている。
  • また、駿台講師では珍しく、生徒に授業中の睡眠を許可している。その代わりどんどん置いていくとも言っているが。
    • 浪人時代の師自身も授業中頻繁に爆睡しており、先生に分からないので教えてくださいと聞きに言ってたからというのが理由だそうだ。酷い時は3コマ連続で寝ていたことがあったらしい
      • そのため、寝ていた生徒が講師室に質問しに来ても素直に対応してくれる。臆さず隠さず行こう。
      • 師と顔見知りになると、人によってはおまえ呼ばれされることがある。
    • ただし、授業中に問題を解いてる生徒を見かけると激昂することがあるので絶対にしないこと。
      • 授業中に問題を解くと言うことは人の話を聞いていないからだと仰っている。これに関しては景安聖士師も同じである。

担当授業 Edit

通期

人物 Edit

  • 愛知県三河湾の離島出身。
  • 町田市在住。
  • 容貌は目が大きくなったコバトシという表現がぴったり。後ろ姿は生き写しである。
    • 講師室ではよくメガネをかけている。
      • テスト演習で名簿をチェックする時など、授業でも度々メガネをかけている姿を見ることができる。かわいい。
    • とある作品にカエル医者というキャラクターがいるが、現実に存在したら師そのものであろう。
  • 代々木ゼミナールの有名化学講師の石井友雄先生とは無関係らしい。
  • 言動が割と奇妙である。
    • 特に笑い方が独特である。一人で突然勝手に笑う。この時、声が異常に低くなる。
      • ニヤニヤしだす→声を出して笑う→声が低くなる→引き笑いに変わる→笑い声がかすれて元の喋り方に戻る。この流れを喋りながら行い、授業中、10回以上繰り返している。
      • 師を褒めるような言葉を発すると笑いではなく、爆笑の領域に突入する。変態である。
    • 単なる語尾だけではなく文と文のあいだの間で短く鋭く「デスッ‼」や「デスネッ‼」といれてくる。一般的な人の「エーーーーー!!」に当たる。
    • 授業中、頻繁に「認識しておいてください」と言う。
      • 他にも「どう考えても」「普通に考えて」「そもそも」などがある。満面の笑みで言うのでなかなかの圧である。
      • 以前実験をしていた時に、用具を壊してしまったことがあるらしい。「キャンパスの周りにある森の中に投げて隠蔽しました。どう考えても!」と得意げに話していた。こんな「どう考えても」の使い方をするのはおそらく師だけであろう
  • 授業中、頻繁にチョークを折る。
    • チョークを折る回数は小倉正舟師と同じくらいである。
    • 黒板に触れる前に折ったことも。
  • 医学部専門予備校の化学科主任をしていた経験もあり、医学部入試に関しての情報量が豊富である。
    • 医学部入試に関しては駿台化学科の中でもかなりの情報量を持っているであろうに、なぜか8号館市谷校舎といった医学部専門校舎への出講は直前期を除いてなかった。
  • 浜松校には開設当初から出講しており、化学はほぼ師の独擅場である。
  • 一部の講習テキストを痛烈に批判し、もはやその講習を担当してはいけないレベルである。
  • 師は『化学S Part1』の担当が比較的多いが、師自身は『化学S Part2』の方が好きだと仰っている。
    • 師は、大学時代に神経細胞生物学を専攻していたためか、有機化学を教えるのが好きらしい。
      • 実際、講習会で有機分野を担当することがやや多い。
    • 2018年度化学Part1の担当のみであったが、2年ぶりにPart2の担当が復活したことに関して非常に喜んでらっしゃっていた。
  • 自分で言ったことに自分でツボに嵌まっていることが多い。
    • プライベートの話など雑談も入れてくるが、その話もオチがほとんどなく大体自分で笑っている。
    • オチの締め括りは「そんなことドーデモいいんだけど笑笑笑笑」と言いながら雑談を終わらせる。
    • ただし、自分の過去の話をするときは大概教室が笑いに包まれる。
    • 横浜校SSクラスでは自ら口にした軽い冗談に問題の解説が出来なくなるほど爆笑していまい、それを見たクラスの生徒達も思わず爆笑していた。
    • 講師室でも質問に来た生徒の前でも普通に笑っている。
  • 駿台での二年にわたる浪人経験がある。
    • 浪人一年目は、新聞配達のアルバイトをされていたようで、朝三時頃に起きて三時間ほど仕事をしてから予備校に通っていたそうだ。毎朝3時起きだったためか、授業中は数学理科の授業以外はほぼ爆睡していたとか。
    • 石川正明師の授業を受けていたらしく、予備校業界に入ろうと思ったのも石川師の影響であるとおっしゃっていた。
      • 俗に言う石川チルドレンの1人である。
    • 現役・一浪の時は日本史選択であったが、やってられないという理由で地理に変えて受験したらしい。
    • 東工大を受験した際物理を(1)から間違えたそう、その代わりに化学が抜群に出来たらしい。
      • 「それでも東工大は受かります」
      • 師の年代からして東工大の化学が東大より難しかったと言われてる時代であったことから、学生時代より化学が出来たのだろう。
    • ちなみに師は覚えることが嫌いだったためか、英語の偏差値を常に50を下回っていたらしい。その分、得意としていた理系科目で英語の点数をカバーしていたのだとか。
      • しかし、浪人時代のセンター共通一次試験本番では、英語は160点取れたのだとか。
  • 大学・大学院時代に実験室で生物の研究を行っていたようだが、ここでは書けないほどの恐ろしい実験を行っていたらしい。
    • 詳しくは、師本人に聞くとよい。
  • 大学では数学の授業をほぼ皆勤並みにサボっていたらしい。
    • それに加え、師が当時所属なさっていた研究室に冷蔵室があり、夏の暑い日にはずっと冷蔵室にこもっていたようだ。
  • 学生時代はトライアスロンをやられていたらしい。全盛期には1500mを4分を切るほど足が速かったそうだ。

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*1 現・生命理工学部