伊藤和夫

Last-modified: Wed, 01 Jul 2020 03:19:37 JST (9d)
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伊藤和夫(いとう かずお)は、元駿台予備学校英語科講師、同主任。学校法人駿河台学園理事、駿河台大学理事、客員教授。

経歴 Edit

  • 1927年、長野県生まれ。
  • 1944年、旧制東京府立第五中学校*1卒業。
  • 1944年、旧制第一高等学校入学。
  • 1953年、東京大学文学部西洋哲学科卒業。
    • 卒業論文はスピノザの「エチカ」。
  • 1954年、山手英学院専任講師(英語科主任)。
    • 学生時代から15年勤務。
  • 1966年4月、奥井潔師の仲介で駿台予備学校英語科へ移籍。
    以後、専任講師として1995年度まで勤務。英語科主任、学校法人駿河台学園理事などを歴任。
  • 1997年1月21日、御茶ノ水の杏雲堂病院で死去。

授業 Edit

  • 実際の授業は淡々とした眠気をさそうものだったという声が多い。
    • 雑談はほぼ挟まず、抑揚に乏しく終始淡々と授業を進めるので眠気を誘い、また、授業内容も英文解釈教室他の著書と重複することもあり、晩年は後期ともなると教室には空席が目立った。
    • 良く言えば、授業は一切の無駄がなく洗練されており、師のこだわりが凝縮されていたもので、職人肌で完璧主義を感じさせるものがあった、ともいえる。
    • 「物言わぬコンマが雄弁に語っているのであります」など、ウトウトしていると聞き逃してしまうようなレトリックやユーモアをサラリと挟んだりもする。
  • どのクラス・どの校舎でも、同じタイミングで同じ話しをする、という声もよくきかれる。淡々とした機械的授業ということである。
    • なので、その日の進度が終了するとチャイムが鳴る前に授業を終えるが、教室を出るためにドアのノブに手をかけるあたりでチャイムが鳴る、という芸当もできる。
    • ただし、クラスによって進度に差が出てしまい、本来のクラスに出席しなさいとおっしゃった年度もある。
  • 抑揚のまったくない特徴的な喋り方をする。
    • 師の存命中は、大島師がよくまねしていたらしい。
    • クラスに一人は必ず師の物真似が得意な者がいた。「エハァン!」という師の独特な咳払いをいかに上手く適切なところに入れるかが鍵。
  • 英語の発音は完全な日本人英語であった。師自身も自覚しており生まれた時代が悪かったといったようなことを著書の中で述懐している。
    • 例えばWhatを「ウォット」と発音していた。
  • 授業態度が悪いとかなりきつく怒ることもあったらしい。
  • また、思慮の浅い質問を嫌っていた。
    • 授業で話した内容と同じ内容を質問しようものなら、テキストを投げつけて怒ったあと、ちょっとした皮肉を交えながら対応したそう。
    • 教師というよりは、生真面目な作家的な印象で、真面目で勘の鋭い生徒を好んでいた。
  • 和訳に関して、「サッカー」を「蹴鞠」、「テーブル」を「卓」、「キャリアウーマン」を「職業婦人」など、とにかく外来語は何でも日本語に直さなければ模試などでバツにする方針だったと言われており「オープンカフェ」は「道路に突き出たところに卓がある喫茶店」だったとか。師ご本人はワインは「ぶどう酒」、カメラは「写真機」でも違和感を感じないとおっしゃっていた。パソコンも「個人電算機」だったとか。マウスとかキーボードはどうなってしまうのだろうか。
    • 久山道彦師が「おじいちゃんたち」といいよくネタにする。
    • しかし、これは有名なネタであって実際は外来語を柔軟に使う場面もあった。
    • 外来語の和訳については英文和訳演習に言及がある。
    • 福崎伍郎師がサスペンダーをしていた時に、「福崎君、そのズボン吊りは疲れないかね?」と訊いてきて、福崎師は「これはズボン吊りではなくて、サスペンダーって言うんですよ。」と答えると、伊藤師はさらに「では、そのサスペンダーというズボン吊りは疲れないのかね?」と訊いてきたという福崎師の鉄板ネタエピソードがある。

担当授業 Edit

 英語教育史においても、貴重な史料となりますので、情報募集しています。

通期 Edit

 英作文の教材作成、講義も担当していたことがある。*2

春期講習 Edit

  • 入門英解

夏期講習 Edit

入門英解演習
中級英解演習

冬期講習 Edit

中級英解演習

直前講習 Edit

人物 Edit

  • 歴史に名を残す英語教育者であるが、英文学者でも英語学者でも翻訳家でもない、哲学出身の在野の予備校講師。
  • 「ザ・受験英語」のような存在で、自分のことを「試験のための英語、受験英語のプロ」として(職人的な)自己規定をして、受験屋に徹した人物である。
  • 駿台英語科のみならず駿台の基盤を作った講師である。「受験英語の神様」「受験英語界の巨人」「受験英語のキング・カズ」と呼ばれることもある。
    • 例えば教授資料を作成し全国で一定レベル以上の質の講義を行えるようにしたなど、今なお駿台のシステムとして残っているものも多い。
  • さらに師の提唱した構文主義は駿台英語科のみならず受験英語界、ひいては英語教育界にも大きな影響を与えた(後述の「英語教育史における伊藤和夫」参照)。
    • 駿台内外問わず師を尊敬する講師は多い。
  • 基本英文700選』、『英文解釈教室』、『ビジュアル英文解釈』 『新・英文法頻出問題演習』をはじめおびただしい数の英語参考書を執筆し、今でも駿台内外でよく知られている。
    • 中でも、『英文解釈教室』は、伊藤和夫の受験英語業界および駿台内における地位を不動のものにしたのはもちろん、東大はじめ難関大志望者向けの予備校として駿台が現在の地位を確立する上でも一定の役割をはたした歴史的著作である。
    • また、「『基本英文700選』を暗記すれば、わからない英文はなくなる」とも1970年代から1980年代の受験界では言われていた。
    • 1980年代後半の受験生の姿を描いた『七帝柔道記』には「合格者のほぼ全員が『英文解釈教室』を使っていた」と伊藤和夫の名が実名で登場しており、当時駿台生のみならず広く受験生の間でいかに伊藤が巨大な存在だったかがわかる。
    • 一方、今日で多く見られるような英作文の参考書を出さなかったのは、「不利な土俵で勝負はしたくないから」らしい(『竹岡広信の英作文が面白いほど書ける』はしがきより)
      • 「ネイティブに『こんな表現はない』と言われちゃおしまいだろう?」とのこと。当時若手であった竹岡師は自分の質問に実直に答えてくれた伊藤師にとても感銘を受けたという。
  • ある固定された型を作って、一生そのやりかたに固執した人ではなく、長文が出るようになれば長文の対策、要約が出されるのであれば要約の対策というように、出題の内容や傾向にあわせて逐一対応していた。
    • 最晩年にいたるまで入試英語の変化に敏感で、自身の指導法も絶えずベターな方法を模索していた。
    • 受験英語の変化(長文の増加、出題される英文の内容の変化、記述式から客観式への変化など)にも敏感で、最晩年にいたるまで、たとえば長文に対処するにはどうするかなど、変化への対応を真剣に考えていた。決して、練習すればそのうち読むスピードもあがるからなんとかなる、といった類のことは言わなかった。「伊藤和夫の英語学習法」(駿台文庫)参照。
    • 自身の英文読解の方法も、よりよくするためにはどうすればよいかを常日頃考えていたそうで、そのことは英文解釈教室改定版の前書きやビジュアル英文解釈の「あとがき」などを読んでもよくわかる。
  • 長い駿台の歴史の中でも、最も有名な講師の一人である。
    • 朝日新聞の「おくやみ」欄(著名人が亡くなった際に載る欄)にでたほどである。
  • 中肉中背で、髪は晩年にいたるまでふさふさで、見た目は著書の冷徹さとは裏腹にかわいらしく見えないこともない。
    • 風貌から、黒板消しの掃除職員と間違える生徒もいた。
    • ビジュアル英文解釈に掲載されている師の似顔絵は実物とそっくりである。
  • 英語教師ではあるが自身は英語を受験科目としては使わなかった。
    • 伊藤師が受験生だったのは太平洋戦争が最も激しかった時期で、旧制高校の入試史上唯一の受験科目から英語が削除された年であった。受験英語に一生を捧げるようになった師ではあるが、自身は入試科目で英語を受験せずに新制東京大学教養学部の前身校に入学したことになる。
  • 駿台に仲介した奥井師ら少数の優秀な講師と仲が良かったらしい。信頼できる人にしか心を許さないところがあったそうだ。
    • 親友の佐久間信師(成城大学教授)が1988年度前期途中に急死してから、ますます孤独の度合いを深めた。
      • 佐久間師の告別式では伊藤師が弔辞を述べた。
    • 新宿歌舞伎町の奥の飲み屋に秋山仁師とよく飲みに行ったらしい。
    • また、師の授業方針を批判していた表三郎師も、伊藤師の実力については認めており、仲も良かった。
      • 「戦うにも、からかうにも最高の相手」だったそう。友人というよりは、「戦友」という方が正しいか。
  • 喫煙者であった。質問に行くとまずはタバコをいっぷく吸ってから、「君は授業で何も聴いていなかったのか?」と言いつつも質問に答えていた。
  • 若き日の竹中太郎師が模試の試作問題をチェックしてもらいにいった際、伊藤師が長文の一行一行を指で滑らかになぞり、瞬時に内容を把握するのを見て驚いたのだとか。「僕の知っている中で一番英語が出来る人だった」と仰っていた。
  • 喜怒哀楽が激しかった。
    • 酒を飲んでご機嫌だと箸で茶碗を叩き喜ぶが、会議などで機嫌が悪くボルテージが上がると机をドンドン叩いて怒る。
    • 派手なことは嫌いだが、子供っぽいところ(純真)があった。
  • 酒癖が悪かった。
    • 楽しいはずの酒宴の席で、職員達にしつこく理不尽な説教を続けて、前述の親友の佐久間信師にヘッドロックを食らい、涙目になったことがある。
    • 斎藤資晴師は、「大学時代には尊敬していた先生が、いざ同僚になってみたらまさかあんなに酒癖の悪いじじいだったなんて思いもしなかったよ。」と回想していた。
      • 会議中に酔い潰れた伊藤師から説教を受けた際、大島師と名前を間違えられたそう。「俺、大島じゃねぇし!」
  • サインを求めた学生に「僕はサインをするほどの人物じゃないから握手をしよう」とおっしゃった。
    • それを見て格好いいと思った仲本浩喜師が女子学生に「サインじゃなくて握手しよう」と言ったら「あっ大丈夫です」と言われたらしい(仲本師ツイッターより)。
  • 伊藤和夫師の寄付を元にした「伊藤・有馬記念基金」が設立されており、日本赤十字看護大学の看護学生へ奨学金が支給されている。
    • 生前の分を含めると寄付額はおよそ7億円にも及ぶという。
    • 学生から預かったお金なのだから学生にお返ししたい、という思いがあった。
  • 旺文社「大学受験ラジオ講座」も担当しており、担当講座は後にテープ教材や参考書にまとめられた。
    • 参考書は最近、復刊された。
    • 「しがらみで仕方なく」と担当することにあまり乗り気でなかったよう。
  • マイク伊藤」の名で戦後、進駐軍でサックスを吹いていたというのは、『受験参考書の愉楽』(創林社)に書かれていたパロディーである(本の中では「伊藤夫」と書かれていた)。
  • 最後の授業となる1995年度直前講習「伊藤の英文和訳演習」が2講座増設されるなど最後の最後まで人気があった。
  • 今でも、Twitterの英語教育者の間で密かに「#伊藤和夫を読む会」というタグが使われている。
  • 山口紹師曰く、意図せずかしてかは不明だが、伊藤師の後継者は三師いるそうで、アカデミック的な後継者は大島保彦師、個人的な関わりを含む生き方の後継者は斎藤資晴師、英語の後継者は山口紹師だそう。確かにこのページを読むと分かるような気がする。
    • 英文の一字一句を過度に「意識化」して、師の教授法の「幼稚化」を行なった後継者は、薬袋善郎師と代々木ゼミナールの富田一彦先生である。

英語教育史における伊藤和夫 Edit

構文主義 Edit

  • 駿台英語科の伝統として今に残る「構文主義」を考案した。
    • 伊藤師は、構文主義という英文を読解する際の方法論(立脚点)で知られているが、師本人は構文主義という言葉を使っていたわけではないこともあって、まずはそれがどのような内容を示す言葉なのかを説明する必要がある。
    • 構文主義とは、英文法の枠組を英文解釈に利用可能な形で取り入れた(英文法を読解用に体系的に再構築した)読解法で、合理的にひとつひとつの文の構造・骨格を把握していこうとする姿勢である。*3
      • 受験英語の文脈においては、「伊藤以前」の受験英語教育における和訳法(場当たり的に英熟語や英文公式(formula)の知識を用いて和訳していくやり方(入不二(1997)*4によると「熟語 - 公式派」)と対比する形で使われる。
      • 谷・西村(2006)*5は、「伊藤以前」の、山崎貞『新々英文解釈研究』(研究社)に代表される「熟語 - 公式派」を「『構文』主義」と呼んでおり、駿台式「構文主義」と非常に紛らわしい。
    • 山口(1997)*6によれば、伊藤師と山口師は英文読解の基盤を構築する共同作業の中で、それまで品詞論と熟語的な表現が根幹をなしていた英文解釈法を改め、文構造の体系的な提示による一貫性のある方法を確立していったという。
    • 師は英語の文構造の分析と解明をしていく上で、Sweet, Jespersen, Poutsma, Curmeなどの専門書に当たっていたという。*7
  • 構文主義は駿台はもちろん、他予備校の英語講師や高校の教師のあいだでも広く浸透している。英語教師の大半が当たり前のように構文把握を重視するのは、師の影響といってよいだろう(いわゆる「伊藤以後」)。
    • なお、師が駿台関東英語科主任だった時代に駿台関西英語科主任を務めていた表三郎師は、伊藤師の構文主義における内容や表現の把握不足、構文の過度な重視性、パラグラフリーディングの欠如を批判し、それらを修正したポスト構文主義を打ち立てた。
      • もっともこのポスト構文主義においても構文が重要であることは前提であり、批判的ながらも伊藤師の構文主義の影響を受けていることに違いはない。
  • なお、近年では構文主義、ならびに伊藤師の英語教育に関する主張への批判も見られるようになってきている。
    • 一例を挙げると、多読による英語教育で有名な学習塾のSEGの公式サイトは、伊藤師の多読に対する主張の問題点を指摘した上で「SEGの多読コースでは、文法も精読も否定しませんが、構文を解析して、日本語での思考を介在させながら英文を理解するという方法は、内容を理解する速度が遅すぎて実用にならないと考えています」と批判を加えている。(伊藤師が最終的に直読直解を目指していたことについて、構文主義では実際にその境地に達すること自体が極めて難しい、という趣旨の批判もある。)
    • 現在の駿台英語科でも、竹井幸典師など構文主義に批判的な立場の講師が散見される。

(注)構文

 本来の英語構文は、漢文句形(句法)を模して、それを英語風にアレンジした解釈公式(formula)を意味した。
 他方、故伊藤師に代表される駿台式「構文主義」とは、「英文解釈に英文法の枠組を利用可能な形で取り入れた読解法」(「文構造の解析(parsing)」を中心とする英文読解(英文解釈))のことを指す。
ここで言う「構文」とは、熟語的な特殊構文や英文和訳の公式のようなものではなく、「文構造」(constructionまたはsentence structure)の言い換えである。
 しかし、日本の英語教育で「構文」というと、「It~for~toの構文」「It~that構文」「too~toの構文」などといった、定型化された表現のことで使われる場合が多い。
この英語構文の「構文」はformula(公式)の訳語で、本来は「英文公式」「英語公式」とでも書くべきものである。
 つまり、英語教育でいう「構文」=「英語構文」というのは、「英文公式」のことで、この「構文」(formula)と「文構造」(sentence structure)は別物である。

読解文法 Edit

  • 英文法を英文和訳の際に利用しやすいように体系的に再構築し、「受験生がどう頭を働かせれば、英文の構造を読み解けるのか」を誰でも習得できる形でまとめた。
    • 返り読みを極力、しなくてもすむような体系を作り上げた(「直読直解」を目指していた)。
  • 品詞論を中心に据える従来の学校文法ではなく、文構造を中心とした文法でなければ英文解釈には役立たないと主張した。*8
    • 品詞分解のような読み方は、ある程度は必要悪として認めていたが、英文の原型が分からなくなるほど文を細切りにすることは、返り読みにつながることもあり、否定的であった。
  • 予測と修正」という考え方(例えば、文頭に前置詞があったら後続の文はどうなるか予測をたてる、実際によみすすめるうちに予測にあわないことがあったら修正する、といった考え方)を大事にしていた。
    • 夏期講習の「英語構文特講」のテキストを読むと、駿台英語科が今でもこの考え方を大事にしているのがわかる。
    • ただし、伊藤師自身はこの予測という問題に対して、少なくとも文型論においては明確な言及はない。しかし、「読みはじめた時から、文の構造についてある予想を立て、文が形の上で自分の予想通りに進行してゆくか、予想を裏切った展開になるかを確認してゆく作業が大切だ」(藤村(2019)*9)とほとんど定義としていいようなことを師本人が書いている。
  • 英文法のナビゲーター〈上〉』(研究社出版、1996)では、文法問題が解けるようになることが英文解釈と英作文の学力に結びつくような参考書を試みている。
    • しかし、文法問題を解いていればそのうちに読解や作文に必要な文法力が形成されるという考え方は、伊藤師自身が否定している。『英文解釈教室 改訂版』(研究社出版、1997)で英文解釈の参考書は現実の英語を反映したものでなければならないと主張しているからである。
  • 後期においては、言語を実践する言語主体の立場である「主体的立場」(時枝誠記)に立った文法を目指した。
    • そして、そうした立場に立って『ビジュアル英文解釈Ⅰ・Ⅱ』駿台文庫、1987, 1988)では、文構造の分析を結果として示すのではなく、文頭から文末に向けて、どのように文法知識を用いながら英文を理解すべきかを示した。

教養主義 Edit

  • 伊藤の「構文主義」は入試合格だけを目的とした単なる「受験テクニック」ではなく、その先に「教養主義」的な価値へ接続されうる可能性を持っていた。(藤村(2019)*10
  • 受験英語の勉強を大学入学後の原書を読むための下地づくりにもなりうると位置づけ、そのための効果的な方針を打ち立てようとした。
    • 英語教育における「教養主義」は、英文学などの「高尚な」内容の英文を読み解くことでその内容を理解し思考力を養うことを目指すという点で、原書での読解に価値を置く。これに関していえば、伊藤は受験勉強を終えた後に原書での読書をすることの重要性を強調していた。」(藤村(2019)*11
  • ただし、伊藤師自身は教養的なものにひどく禁欲的で、「自分はいかに試験に通るかを教えているので、それは英語とは何の関係もない」とまで言ったという。(藤村(2019)*12
    • 藤村(2019)*13では、師がなぜ教養に対してた禁欲的だったか、筆者による入不二基義師へのインタビューを通して解答をつけている。
  • 生徒に教養めいたことを説くことには禁欲的だったが、師自身は教養人であった。
    • 本人の文章を引用すると、「日本語と英語という二つの言語から等距離のところに身をおき、二つの鏡を映しあわせることによって、個々の言葉を離れた抽象的な思考領域と、「物自体」の存在の気づかせることが、語学教育の第一の意味であるべきだと筆者は考える」(藤村(2019)*14

発言集 Edit

  • 「英文は、英文を読むことによってしか読めるようにならない」
  • 「ほんとうの意味で大人の英語を読めるようになるには、積み重ねたときに、身長と同じ高さになるぐらいの原書や英語雑誌を読まなければならない。ただし、それは大学生や社会人になってからやるべきで、受験時代には必要ない。受験用テキストの勉強によってそういった英語を読む下地を作るだけでじゅうぶんです」
  • 「受講生からの質問が多い授業はベター(better)かワース(worse)。受講生からの質問がない授業はベスト(best)かワースト(worst)。」(飯田康夫師談)
  • 「えっと、このクラスは…」
  • 「これは基本文の~番で履修済み」
  • 「andがでたら、そこで腕を組んで考えろ、とボクは言いたいね。」
  • 「何と何を結ぶandなのか、特にandの前にコンマがあるとき。 andの後にコンマがあるのは諸君の英作文だけ。」
  • 「ボクも英文のペーパーバックはなかなか読めなかったね。途中まで読んで投げ出し、まだ他のを読んで投げ出し、の繰り返し。そしてやっと一冊読めたと思ったらば、また次の本で挫折。諸君もきっとそういう感じになるだろうね。」
  • 「ここの箇所は文頻のここに書いておいたから各自読むように。」
  • 「そこの君、授業中はテープレコーダいじらないように。」
  • 「英文を意味の通る日本語に訳せなくては理解したとは言えない」
  • 「変わり身の速さと視野の広さが英文を読むに当たって重要」
  • 「このthatを接続詞だと思った人は筋がいいんだけれども英語は筋の良し悪しで読めるものではない。thatのあとに主語と動詞が続いて完全な文になることがわかってはじめて『ああ良かった』と安心するんだ」
  • 「(浪人して)君たちは一年遠回りをした。だが、長い人生の中でそれがなんだと僕は言いたい。他人より学び苦しみ悩んだ分君たちは成長したんだ。自信を持って羽ばたいてもらいたい。大学、社会ではこの一年でやったどの問題よりも難しい課題が君たちを待っている。恋に悩み人間関係に悩み仕事に悩むことだろう。そんな時にはこの苦しんだ一年間を必ずや思い出して欲しい。なんてことはないと思えるはずだから。最後になるが二度とここには戻ってくるな。私は君たちの顔は見飽きた。頑張れ!」(通期最終講義)

著作一覧 Edit

学習参考書 Edit

≪以上が、生前の出版≫

  • 1997年 - 『英文和訳の十番勝負 — 入門からゴールまでの学力診断(駿台受験シリーズ)』(駿台文庫
    • 絶筆。
  • 1997年 - 『英文解釈教室(改訂版)(英文解釈教室シリーズ)』(研究社)

≪以上が、生前の著作

一般書 Edit

参考文献 Edit

  • 入不二基義(1995)「『英文解釈教室』というミクロコスモス―伊藤和夫著『英文解釈教室』を解釈する」, 『高校英語研究』79(13)1995年3月号, pp.1-10, 1995-02, 研究社.
  • 高橋善昭(1997)「伊藤和夫氏の業績」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, pp.6-8, 1997-05, 研究社.
  • 奥井潔(1997)「〈エッセイ〉 伊藤和夫氏 頌」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, p.9, 1997-05, 研究社.
  • 山口俊治(1997)「私の見た伊藤和夫氏の業績」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, pp.10-11, 1997-05, 研究社.
  • 入不二基義(1997)「二つの頂点―『英文解釈教室』と『ビジュアル英文解釈』―」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, pp.12-17, 1997-05, 研究社.
  • 秋山仁(1997)「〈エッセイ〉 君と僕とはランタン相照らす仲」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, pp.16-17, 1997-05, 研究社.
  • 冨田豊(1997)「予備校教師・伊藤和夫氏」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, pp.18-19, 1997-05, 研究社.
  • 木村正和(1997)「『伊藤和夫の学習法』のパースペクティヴ」, 『現代英語教育』34(2)1997年5月号, pp.20-22, 1997-05, 研究社.
  • 奥井潔(1997)「伊藤和夫君に捧げる頌辞」, 駿台教育研究所編『駿台フォーラム』第15号, pp.73-75, 1997, 駿河台学園駿台予備学校.
  • 谷明信・西村公正(2006)「いわゆる受験英語「構文」・「公式」の系譜:『難問分類英文詳解』と『新々英文解釈研究』(9訂版)の「構文」比較」, 『実技教育研究』20, pp.19-26, 2006-03, 兵庫教育大学実技教育研究指導センター.
  • 江利川春雄(2011)『受験英語と日本人─入試問題と参考書からみる英語学習史』(研究社、2011)
  • 藤村達也(2019)「伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, pp.131-148, 2019-05, 日本英語教育史学会.

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*1 現・東京都立小石川中等教育学校
*2 冨田豊(1997)「予備校教師・伊藤和夫氏」, 『現代英語教育』34(2), pp.18-19, 1997-05, 研究社.
*3 ここでいう構文とは、「くじら構文」や「so~that構文」などの特定の定型表現(公式)=formulaの意味ではなく、「文構造」=sentence structureの意味。
*4 入不二基義(1997)「二つの頂点―『英文解釈教室』と『ビジュアル英文解釈』―>http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/879.html」, 『現代英語教育』34(2), pp.12-17, 1997-05, 研究社.
*5 谷明信・西村公正(2006)「いわゆる受験英語「構文」・「公式」の系譜:『難問分類英文詳解』と『新々英文解釈研究』(9訂版)の「構文」比較」, 『実技教育研究』20, pp.19-26, 2006-03, 兵庫教育大学実技教育研究指導センター.
*6 山口俊治(1997)「私の見た伊藤和夫氏の業績」, 『現代英語教育』34(2), pp.10-11, 1997, 研究社.
*7 山口俊治(1997)「私の見た伊藤和夫氏の業績」, 『現代英語教育』34(2), pp.10-11, 1997, 研究社.
*8 『予備校の英語』(研究社出版、1997)
*9 伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, p.136, 2019-05, 日本英語教育史学会.
*10 伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, p.138, 2019-05, 日本英語教育史学会.
*11 伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, p.140, 2019-05, 日本英語教育史学会.
*12 伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, p.138, 2019-05, 日本英語教育史学会.
*13 伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, pp., 2019-05, 日本英語教育史学会.
*14 伊藤和夫の『受験英語』教育における『教養主義』:『構文主義』との関係から」, 日本英語教育史学会事務局編『日本英語教育史研究』第34号, p.142, 2019-05, 日本英語教育史学会.