今井宏

Last-modified: Tue, 14 Mar 2017 04:18:07 JST (223d)

今井宏(いまい ひろし、1958年6月26日-)は、東進ハイスクール英語科講師。

経歴 Edit

  • 秋田県秋田市出身。
  • 秋田県立秋田高等学校卒業。
  • 駿台で1浪後、早稲田大学政治経済学部に進学。
  • 早大卒業後、電通に就職。入社6年目に制作部門をはずされた後に退社。塾講師などを経て予備校講師に。
  • 河合塾、駿台、代ゼミと(当時で言う)三大予備校を渡り歩いた後、東進へ。

授業 Edit

  • 東進の人気講師。東進では基礎クラスに特に人気。非常に弁が立つ。また、板書はとてもきれい。授業の段取りもよくかんがえられている。下記の雑談だけでなく、英語の説明自体もどこかユーモラス。退屈させない授業を展開する。
  • 雑談(本人がいうところのバカ話)を授業中にかならずはさむ。売りに出来るだけの話力ではある。
  • 駿台時代は一文一文を丁寧に読み、できる限り返り読みをしないような読み方を教授していた。また現在と同様に音読の重要性を説いていた。
  • 代ゼミ時代はパラグラフリーディング(一般的なパラグラフリーディングとはかなり異質なもので、段落の第一文目以外はよみとばすよう指導したりするもの)をかなりおしていたものの、東進ではパラグラフリーディングを必要とするほどの英文は出題されなくなったと言って、パラグラフリーディングについては一切とりあげなくなった。
  • ブログでは、パラグラフリーディングを止めた理由について言及しており、確かに過激な手法だったので、受講生も多くついた一方で敵も多く作ってしまった、方法論をマスターできていた生徒は少なかったと反省している。ただ、当時は予備校バブル末期で様々な読解法が乱立していた時代である。
  • 師の説くパラグラフリーディングについては駿台でも代ゼミでも批判が(かなり)あったが、それに限らず、(授業内容から性格にいたるまで)毀誉褒貶のはげしい講師である。なお、いわれっぱなしではなく、本人も毒を(かなり)吐くし、自分に対しても毒を吐く。
    • (「他人にやり返したり、周りを陥れたりしてもかえって損するということが主題の文章(本人が問題選考)」を扱った際に)授業内で「皆さん25になるまでには、まあ普通は50ぐらいで気づくだろうが、やり返さない人間になりましょう。私も昔したことがあるので、責められないが。」というような感じのことを話されていた。
  • 下記にもあるようにブログを開設していて、その中でときおり伊藤和夫について尊敬する旨を表明している。氏の東進での講座名も、伊藤和夫英文解釈教室からとったものであろう。といっても、授業内容にはあまり伊藤和夫の影響はかんじられない。

ブログについて Edit

  • ブログ「風吹かば倒るの記」を開設している。本格的なもので、かなり長文の記事を毎日アップしている。
  • 衒学的でいかがわしくて、しかしあかるいトーンで書かれていて、弁の立つ今井氏の雑談を彷彿とさせる、よみごたえのある内容といっていいと思う。
  • 一応生徒向けに書いている装いだが、(あいかわらずだなと半笑いで)面白がるのはむしろ大人な気もする。
  • 話題としては、たとえば以下のようなものである。
    • 電通をやめて塾講師としてくすぶっていた時代の苦労話(読ませる)
    • その日の食事の写真(豪華)
    • 飼い猫の写真(かわいい)
    • 海外紀行文(セレブ)
    • 浪人時代の思い出(講師の思い出含む)
    • 駿台講師時代の思い出(自慢含む)
    • 東進講師として忙しく全国を講演して回る様子。日本全国まわってるようで、さながら紀行文日本編、といったおもむき。
    • 東進講師として授業を収録する様子。(たとえば、早稲田(法)の超長文2題を含む過去問を90分で余裕で解説しきった、といった内容など)
    • ちょっとした闘病記
    • 他予備校を揶揄し東進をもちあげる記事・・・・ほか。

人物 Edit

  • どちらかと言うと一匹狼タイプであり、「職場に友達は要らない」がポリシーのようで、職場の同僚(特に英語科講師)とは距離感を保って接している。
    • 社会人経験(一般企業勤務)を経て予備校講師になったため、所謂学校生活(学生・教員)から出た事のない英語講師とは基本的に価値観や話が合わないとのこと。他教科講師はその限りではないとのこと。
    • その割に、奥井師をはじめとする首脳講師陣とのエピソードには事欠かず、限られた在職期間にこれらの人物にとり入る世渡りの巧さが伺われる。
  • 某師が贅沢な食事を毎回アップしている今井氏のブログをよみ「駿台では全然人気なかったのに」と嘆いていたらしい。
    • もっとも、駿台在籍時はお茶の水での出講数が限られており、知名度があまりなかったものの、他複数の校舎では通年でオリジナルの特設単科を2講座持ち、締切講座にもなっていたため、人気がなかったわけではない。
  • 太庸吉師や最首悟師、元駿台予備学校講師物理科坂間勇師や英語科の奥井潔師、鈴木長十師、伊藤和夫師、社会科の大岡俊明師のことも尊敬していると発言。ここらへんのことは上記ブログに詳しい。
  • 駿台講師の頃、奥井潔師、大島師、太師との会食の席で、多忙な今井師を見た奥井師は「君は痩せている。君のメッチエとは何か?」と叱責された。その時、要領を得ないことを言ってしまって、怒った奥井師が会食を中座したことエピソードがブログで書かれている。
  • その後、代ゼミに移籍後も人気講師で多忙であったため、奥井師に叱責された「痩せた」授業をしてしまったと省みている。事実上、師のパラグラフリーディングは「人気優先で中身がない」ことを認めたといえる。
  • 師は自分のビジュアルを「里芋」、「クマ」などと例えており、割と毒舌である。
  • 子供の頃はラジオで(秋田と海をへだてた)ロシアの電波を拾い聞きしていた。
  • 東進の授業にて、駿台を『戦術オタクで歩兵はヒョロヒョロ』、Z会を『歩兵は頑張るけど無策』と評した。
  • 駿台での勤務はあまり長くはなかった。
  • 駿台に在籍していたころは、SFCの青本の解説者をやっていたことある。