西岡康夫

Last-modified: Thu, 20 Apr 2017 00:00:40 JST (65d)

西岡康夫(にしおかやすお)は、元駿台予備学校数学科講師。元代々木ゼミナール数学科講師。

経歴 Edit

  • 東京大学工学部建築学科卒

授業 Edit

  • 「1つの問題をとくための10の方法でなく10の問題をとく1つの方法を教えたい」といい、入試問題をとくための「判断枠組」を用いた授業を展開していた。
  • 「判断枠組」とは、具体的には3つの戦略、認識的アプローチ(定性的、定量的)、解析的アプローチ(分析的、総合的)、還元的アプローチ(帰納的、演繹的)からなる。
  • 数学は3つの戦略で全て解けるとし、論理的な数学の本質をつく授業に定評があった。
  • 戦略・戦術・作戦の3つを駆使して問題をとく、ともいっていた。
    • 戦略とは上記の判断枠組みのこと、戦術とは単元別の典型的な解き方のこと、作戦とはうまくとけるちょっとした裏技のことを指す。
    • 氏は、3つの言葉で何を言い表したいかをはっきりとはいわないので、最後まで3つの違いがわからなかった、という事を言う学生さえいた。
  • 西岡氏の真骨頂は、典型的な問題は解ける学生に、「きみたちすぐ暗記に走るけど暗記しても同じ問題はでないよな」といって、判断枠組の大切さをとき、実際にそれをつかってあまりみないような解法でうまく解いて見せる点にあった。
  • 小林師のような見る者を圧倒するようなものではないが、板書はとてもきれいだった。関谷師の板書を横書きにしたような感じ。
  • 「・・・だよな。だな。だろ」といったような口調で授業していた。映像授業や校外生向け授業ではですます口調にしてることもあった。不遜な態度の授業、といわれたことも。
  • 西岡氏のとく3つの戦略、認識的アプローチ(定性的、定量的)、解析的アプローチ(分析的、総合的)、還元的アプローチ(帰納的、演繹的)は、元駿台講師秋山仁師の指導法に端を発している。
    • 秋山師の指導法を西岡氏なりにいいかえたものが「3つの戦略」である。
  • 上記の戦略などもそうだが、言葉遣いが大仰である場面がままみられた。肯定的に見れば、そこが魅了の1つである。
    • 否定的に見れば、他の人とやってることは同じなのに大仰な名前をつけて何かすごいことをやってるように見せてるだけだ、という見方にもなり、しばしば論争になっていた。
  • 氏のことを話すと大抵は、数学は暗記か思考力かという不毛な論争になり、2chなどでは延々とこの論争が続いていた。

人物 Edit

  • 往年の駿台数学科を支えた人気講師。
    • 上位層に信者が多くいた一方、数学が苦手な人からは評判はいまいちだったようだ。
    • 代ゼミ移籍後はあまり人気ではなかった様子。代ゼミでなく上位校受験に強い駿台でこそ師は輝けたのかもしれない。
  • 薬袋氏、今野氏、真下氏をひきつれて代ゼミに移籍した。
  • 上記のように少数の講師と派閥をつくって行動するタイプらしく、派閥(手下とさえいう人もいた)以外の講師とはかなり距離をおいて接していた。
    • 解法暗記を小ばかにした態度に、いろんな講師から顰蹙をかっていた。
  • 授業のレベルも高めで、大げさな哲学的表現を好んで使ったりもするので、あまりくだけた雰囲気の人ではなかったのだが、時にコナンなどのアニメや歌謡曲などのサブカル的な話題に触れたり、さりげなく冗談もいったりして、意外な側面をみせていた。
  • 自分の講座の宣伝はしなかったが自著の宣伝・紹介はこまめにしていた。西岡氏に否定的な人からはよく商魂たくましいと悪く言われていた。
  • 授業態度の悪い生徒に寛容であった。
    • 寛容というより、いちいち怒るのもカッコ悪いのでほっておいた、といったほうが正確かもしれない。
  • 代ゼミ時代には、東大理系予想問題演習として編集した自作テキストで、「円周率が 3.05より大きいことを証明せよ」という今では有名になっている問題を的中させたことがある。
  • 駿台時代はお茶の水の3号館の東大理系スーパー、市谷校舎の医系スーパー、大宮校千葉校に出講していた。講習会のみ開かれていた時代の仙台校にも出講し、師のオリジナル講座「入試数学のOJT」を担当していた。