加賀谷林之助

Last-modified: Tue, 11 Jun 2019 12:07:06 JST (6d)
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加賀谷林之助(かがたに りんのすけ 1900-1965)は、元順天堂医科大学教授。元研数学館講師、元駿台高等予備校講師。

経歴 Edit

  • 1900(明治33年)8月26日、東京都杉並区高円寺生まれ。
  • 1918年、旧制東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業。
  • 1918年、横浜自治学園教員(西洋史)。
  • 1919年、旧制山口高等商業学校(現・山口大学)本科入学。
  • 1922年、同校卒業。
  • 1922年、同校支那貿易科*1入学。
  • 1923年、文部省より師範学校・中学校・高等女学校英語科免許状を受ける。
  • 1923年、同校支那貿易科卒業。
  • 1923年、柴田商店(紡績会社)入社、退職。
  • 1923年、研数英語学校講師。
  • 1923年、関東大震災で同校廃校。
  • 1923年、旧制山梨県立甲府中学校(現・山梨県立甲府第一高等学校)教諭。
  • 1924年、同校依頼退職。
  • 1924年、東京市事務員(統計科調査係翻訳員)。
  • 1925年、研数学館単科英語部(夜間)講師兼職。
  • 1925年、東京市事務員依頼退職。
  • 1925年、研数学館単科英語部専任講師。
  • 1928年、正則英語学校講師兼職。
  • 1930年、正則英語学校退職。
  • 1930年、月刊誌『受験ダイヤモンド』主筆。
  • 1932年、研数学館単科英語部教務主任。
  • 1935年、同館退職。
  • 1935年、文華英語学校開校(校長)。
  • 1935年、正則英語学校講師兼職。
  • 1935年、文華英語学校解散。
    • 職員・生徒は正則英語学校に合併。

(中略)

  • 1949年当時、順天堂医科大学教授。駿台高等予備校教授。日本英学院講師。国際英語学校講師。錦城高等学校講師。
  • 1965年4月13日、死去(64歳)。

授業 Edit

  • 和訳・英訳・文法となんでもこなした。
  • 授業の合間に師自身の体験談を語っていた。

人物 Edit

  • 鈴木長十師と同世代の講師で、当時の駿台高等予備校英語科の中心人物の一人。
  • 和訳・英訳・文法となんでもこなす超ベテラン先生と受験生の間で評判だった。
  • 奥井潔師を駿台に招き入れた張本人であり、そこから千代田予備校から駿台へ引き抜く流れが生まれる。
    • 後に、その奥井師の仲介で伊藤和夫師が横浜の山手英学院から駿台に移籍する。
  • 実父は真言宗御室派の寺の住職。異母兄は宮内庁勤め。4歳で父を失い母の手で育てられた。
  • 東京在住なのに遠く山口高商に入学した理由は、異母兄との折り合いが悪く、どこでもよいから、とにかく家を飛び出したかったらしい。

著作 Edit

学習参考書 Edit

  • 『英作文の添削講義』(大坪書店、1949年)

一般書 Edit

  • 『商業常識』(至誠堂、1922年)

訳書 Edit

  • 『世界を笑はせた皮肉な話』(マーク・トウェイン原著・加賀谷林之助編訳 昇龍堂、1926年(大正15年))

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*1 同校卒業生を対象とする就業年限1年の別科。