高橋和浩 のバックアップ差分(No.25)


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高橋和浩(たかはし かずひろ)は元駿台予備学校物理科専任講師。

*経歴 [#s67a2caA]
-電気通信大学卒業。
-東京工業大学大学院修了。
--ただし、上記の経歴の真偽は定かではない。
*授業 [#ubffe6ce]
-懇切丁寧で基礎からわかりやすい授業を展開した。
--まずは基本事項の確認、そして解法の道筋・注意点をまとめた『POINT』を示した後問題を解いていくのがパターンだった。
--各分野の解き方の定石を身に着けるには打って付けの授業だった。
--どのような流れで公式を用いるのか、その背景となる法則は何か、イメージ・法則・式が結びついてすっとわかるような授業だった。
-滑舌があまりよくないが、話し上手で授業は聞きやすい。
--年々、語尾が不鮮明になるかんじの喋り方になり、「〜☆ZE」という口癖(本人は「〜(です)ね」と言っているが、滑舌が悪いためそうは聞こえない)が特徴。
-授業開始は挨拶をせず、いきなり授業の内容の話から始まる。
--(例):(マイクをつける)→「電磁誘導の問題はねー・・・」
-一問解き終わると「は~い、どうでしょう・・・」とよく言っていた。
-''板書はカラフルでとても綺麗で、講義ノートが参考書代わりになる''とよく言われた。
--いたって真面目に初学者にもわかりやすいように色チョーク、図などを多用し、丁寧に授業を進めていた。
--文章はあまり用いず図による解説がほとんどなので、受講する際には口頭説明や自分で副文をフォローしないと、あとからノートを見返して困るかもしれないという声もあった。
-質問対応はとても丁寧
--質問に行っても親切に対応していた。ただ、前述の通り、滑舌が悪いため何を言っているのか分からないときがあった。
-師編集のテキストは良く出来ていると評判だった。
--講座によっては解法体系をきれいにまとめた参考書的な機能も備えたテキストを作成していた。

-''微積は必要最小限しか使わなかった''。
--なお、微積分に関してはしっかりとフォローが入った。
--駿台特有の微積物理はあまり取り入れられている感じはしなかった。
--微積分も使って解説するが、山本義隆師・森下寛之師・小倉正舟師のそれとはすこし毛色が違うものだった。

-駿台講師にしては珍しく解き方重視の授業をするため、物理学的な解説はほぼ皆無であった。
--むしろ、元代ゼミの鈴木誠治氏、代ゼミの為近和彦氏、駿台から代ゼミに完全移籍した漆原晃師と近い系統と言える。
--解法重視の授業では難関大には対応できないと言われることもあったが、実際には特設単科、オンデマンド・サテネットともに難関大対策講座を担当していた。

-''一部の解法はかなり独特''だった。
--その一例に、波のグラフを3次元で考えるという一般人には理解し難いエスパー級の説明もすることが挙げられる。
--「学問の本質を追及する意識高いアカデミック志向(かぶれ)の」生徒からは、(学歴と講義の質に必ずしも厳格な相関関係はないのだが)師の学歴もあって、解き方を重視し、かつ時に特殊なやり方を教える師に否定的な声もきかれた。

--常に最も生徒から人気があるといってもよかった高橋師だが、講師生活も晩年になり、山本・森下・小倉・笠原師ら同じような教え方を共有するグループが主流になるにつれて、最もコマ数が多いのにどことなく傍流に近い状態になっているようにも見え、アカデミックな気風の駿台に合っていないという声もあった。駿台を退職したのにはそのような事情もあったのかもしれない。

-特に森下師は師に対してかなり否定的であったようだ(森下師は試験で点をとることよりも大学以降の物理と矛盾がないよう根本から教えることが生徒のためだという考えで、解き方重視で学生の人気をとろうとする高橋和師とは指導方針が相容れなかったのだろう)。
--あまりの出講数の多さに、他の講師から妬まれていたのも事実である。
--高橋和師退職後の現在も、師が使っていたと思われるテクニック的な解き方に言及して、森下師が授業中に師を痛烈に批判することがある。
--なお、授業はもちろん教材作成などについても実力があったために、学生の人気を集めていたことは森下師も認めている。
--ちなみに師の退職後、講習会では物理のオリジナル講座はいっさい開講されていない。
--森下師曰く、「そういうのはしない決まりにした、というか追い払った」のだそう。
*担当授業 [#de6b632b]
**通期 [#ob940336]

**特設単科 [#v6479543]
-「難関大物理」への挑戦〜グラフと式からのアプローチ〜
--お茶の水校

**オンデマンド・サテネット [#c214b41f]
-頻出物理ー基礎から始めてイッキに完成!ー
-難関大“突破”物理ー考え方でまとめる最速アプローチー
-物理センター試験対策
**講習 [#l329c933]
*人物 [#s67a2cab]
-駿台物理科きっての人気講師だったが、2013年度で退職した。
--英語科の大賀師曰く、10億円の貯金ができたので退職したのだとか。
--駿台退職後、他の予備校で講師をしているという情報がインターネットで検索しても見当たらないため、おそらく完全に予備校業界から引退したと思われる。

-眼鏡をかけていて、服装はとても派手だった。
--ゾウやキリン、鯉のぼりのプリントなど珍しい柄のシャツ、派手な原色のシャツなどを好んで着ていた。
--また、2013年度は基本的に眼鏡をかけていなかった。

-年齢にしては若く見えるほうだった。
--森下寛之師とは同年代くらいにしか見えなかった。

-駿台在職中は、物理科では1・2を争う人気講師だった。
--森下寛之師が徐々に人気講師になりつつある時期、漆原晃師がまだ代々木ゼミナールと兼任の時期、小倉正舟師がまだ駿台への出講が少なかった時期、笠原邦彦師がコマ数を増やす前の時期、そして退職するまで、1990年代の終わりから退職するどの時期も一貫して、1・2を争う人気講師だった。
-特別教材の『原子物理』や指定副教材の『徹底理解 物理』を編集するなど、物理科内でも別格の地位にあった。
-講座数やコマ数はとても多かった。
--通期の授業では、通常の授業のほか、特設単科、オンデマンド・サテネットなども担当していた。
--季節講習でも、多数の講座を担当していた。締切講座も少なくなかった。
---廃止講座のページを見れば、CORE講座だけでなく多くのオリジナル講座を持っていたことがわかる。
--CORE講座だけでなく、多くのオリジナル講座を持っていた。
---東大物理、京大物理などの最難関大学の大学別講座から、電磁気徹底攻略などの中上級者向けの分野別講座、入試物理へのアプローチなどの基本レベルの分野別講座、センター対策である「春を迎える」サバイバル物理、それに加えて自身のオリジナル講座まで担当していた。電磁気分野は自信がある分野だったのか、参考書も書いている。
--通年のオンデマンドは森下師が、基本レベルの分野別のオンデマンドは小倉師や笠原師が、センター対策系の直前講座は笠原師がそれぞれ引き継いでいる。
-授業中はとても表情豊かであった。

*著作 [#de87369b]