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坂間勇
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> 坂間勇
学習参考書
『駿台高等予備校副読本 大学入試 必修物理(上)(駿台受験叢書)』(坂間勇・谷藤祐・山本義隆 共著 駿台文庫、1979年)
『駿台高等予備校副読本 大学入試 必修物理(下)(駿台受験叢書)』(坂間勇・谷藤祐・山本義隆 共著 駿台文庫、1980年)
『物理に関する10話(駿台レクチャー叢書)』(駿台文庫、1989年)
「アセント」(駿台文庫)連載の単行本化。
『現代の物理学―大学へのスーパー物理(力学編)』(駿台文庫、2000年)
『難関校突破のための 物理特講90』(旺文社、1985年)
カバーがメタルブラックのシブい初版と、薄紫色のビミョーな新装版(重版)とがある。
当時、『難問題の系統とその解き方』(服部嗣雄著 教育社)、『物理標準問題精講』(前田和貞著 旺文社)に次ぐ人気を誇った。
師が編集していた当時の駿台テキストとの共通問題も多い。
『特ゼミ 坂間の物理』(旺文社、1990年)
「特講90」の改訂版。
改訂に伴い、問題が90題から108題に増やされた。
108題は煩悩の数と同じであるが他意はありません、と。
現在は、オンデマンド出版専門の
万能書店
のみの取り扱い。
高い網羅性を誇る問題のセレクト(毎年のように東大の問題を的中させた?)と、大学課程にも踏み込む高度な解説があり、今もなお伝説の名著である。
森下師「あの本に書かれていることが本物の駿台の物理だよねえ」
解説のあまりの高度さに、当時の合格体験記には、「解説は読まずに、解答だけ読めばよい」という東大合格者の記述があった。
『東大入試詳解18年 物理 上』(坂間勇・森下寛之 共編 駿台文庫、2018年)
『東大入試詳解20年 物理 下』(坂間勇・森下寛之 共編 駿台文庫、2018年)
物理だけ25か年ではなく38か年なのは、師の解説を全て掲載するためであろう。
「こうも簡単では我々の仕事がなくなって困る」などと東大の入試問題をぼろくそに批判している年度もある。
一方で晩年に書いた解説では問題をべた褒めしている。
『現代物理学小事典(ブルーバックス)』(共著,講談社,1993年)
『新・物理学事典(ブルーバックス)』(共著,講談社,2009年)
『現代〜』の改訂版。坂間師の解説はそのまま再掲されている。(第6章)
坂間 勇(さかま いさむ、1935年1月1日 - 2008年8月8日)は、元駿台予備学校講師。元茨城大学助教授。 *経歴 [#n4d6b581] -1935年、東京府東京市渋谷区((現・東京都渋谷区))生まれ。 -東京都立戸山高等学校卒業。 -1957年、東京工業大学理学部物理学科卒業。 -1959年、東京工業大学大学院修士課程修了。 --専攻分野は素粒子・原子核。 -元 茨城大学助教授。 -元 駿優予備学校講師。 -元 AMS・麻布八雙会講師。 *授業 [#p90c2487] -物理に高度な数学を駆使した駿台においても、群を抜いてハイレベルな授業を展開していた。 --大学助教授でもあり、駿台でも受験生に阿ることなく、大学と同じ講義を展開していたら、%%アカデミックかぶれの%%当時の駿台生に予想外に受けただけ、という説もある。 --東大理系スーパーや医系スーパーの最上位クラスの生徒であっても、理解できない生徒が続出し、他の講師の授業にもぐる生徒がとても多かった。 逆に1970年代後半頃普段坂間師の授業を受けていない午前部理1コースの上位クラス生徒は、土曜日午後に本部校舎(3号館)で行われていた師の授業に集団で潜り席が足りなかったから立ちながら授業を受けていたらしい。(駿台当局は黙認していたようだ) 比較的万人向けの授業を展開(と言ってもかなり高度)する山本師に対し、受け手を選ぶ授業であった。 --例年、お茶の水校3号館の東大理系コースでは、同じセクション(2限連続講義)を、坂間師が上位クラス、山本師が下位クラスを担当しており、言うまでもなくもぐりが横行した。 他コースにおいて、坂間師・山本師%%とまどい%%ランデブークラスがあったが、双方の授業の出席率は推して知るべし。 -授業の進め方は独特なものであり、坂間ワールド、フリーダムとしか言いようのない授業であった。 --チャイムが鳴り教壇に上がると、無言で黒板の左端に巨大な字で問題番号を記しおもむろに授業を開始する。酔いどれオヤジの啖呵と見まがうようなべらんめぇ調で喋りながら、乱雑に数式を書き殴りつつ授業していた。 --式変形は下に続けて書かず、数式を黒板消しで消しながら変形していった。 --小問をことごとく無視し、おおよそ問題のキモも部分を説明すると細かい問題は割愛してしまったり、自分の作成したテキストにもかかわらず問題を”ナンセンス!”と切り捨てたりもする。 --セクション1のクラスでセクション2の授業を開始したり、問題の解説の途中でなぜか次の問題の解説をはじめてしまい、それに気付いた師はどちらの問題もナンセンス、と途中で問題を打ち切ってしまったという逸話もある。結構天然なキャラクターであられたようだ。 --型破りの授業ではあったが、授業内容には一切の妥協がなく、まさに最高レベル。微積分を駆使しつつ、物理の本質を正しくゼロから指導する授業を展開した。 --師の授業の雰囲気を知りたいのであれば、師の名著『[[特ゼミ 坂間の物理>http://amzn.to/2uMRsU4]]』、もしくは、昔の青本を編集した『[[東大入試詳解18年 物理 上>https://onl.sc/B8yhznD]]』『[[東大入試詳解20年 物理 下>https://onl.sc/Y9ZGCPm]]』(坂間勇・森下寛之 共編 駿台文庫、2018年)を入手してみるとよい。 青本においては「こうも簡単では我々の仕事がなくなって困る」などと東大の入試問題をぼろくそに批判している年度もある。 --全身から物理が好きで好きで仕方がない、"物理愛"のようなものを感じさせる授業、お人柄であった。 -時折でてくるユーモラスな表現や科学史にかかわる雑談も生徒を魅了した((下記名言集参照)。 --難易度が超越していたという声も多いが、その独特な語り口から繰り出される例え話や物理現象を鮮やかに描き出すイメージの解説は非常に的確かつユーモラスなものであり、そのインパクトにより一発で脳裏に焼き付くものであった。 -師の求める予習は、問題の設定を正確に把握し、問題を記憶するくらいまで読み込む、というものだった。 --これは、予習により自己本位な解答をこねくり回すよりも、予め問題の設定を正確に理解することに専念し、授業においては講師の提示する最高の方法をしっかり自分の頭に叩き込み、復習において自分でもそれを再現できるようにすべきである、という師の考え方によるものである -講義ではノートを取ることを厳禁にしていた。 --しっかり師の問題を解く様子を頭に刻みつけ物理現象を正しく理解し、復習は授業での記憶を元に授業の内容をしっかりノートに再現しなさい、質問があればそのあとに来なさい、という趣旨だそうで、非常に独特なものであった。そもそも板書が早すぎて取れなかったが・・ --実際過去には、本当にノート厳禁令があったそうだ。授業中にノートを書いている人を見かけたら没収していたということも・・・。 --森下師曰く、坂間師の授業についての質問を受けた際に生徒のノートの文字が坂間師に似ていて驚いたという。そのことから、坂間師は生徒を上に引き上げることのできる真の講師だったと評している。 -力学が最重要で授業は4月からの4週目までが最重要であると強調されていた。 -意外におもう受講生もいたが、重要事項は繰り返し強調していた。 例えば、他の講師は前期に説明したことは、後期には説明しなかったり、質問にいっても 授業でやったからノート見返せとそっけなかったりしたのだが、坂間師は必要とあらば説明していた。 -質問対応に当たっては、男子生徒には非常に素っ気なく、女子生徒には親切だったらしい。 --下らない質問をしてキレさせた事がある(ちなボクは男子生徒)。 -理論を追い求めるタイプの一部の生徒からは熱狂的に支持されていた。 --例年、お茶の水3号館最上位クラスの生徒は、坂間師の授業が好きな生徒は化学の小倉勝幸師の授業が好きで、山本義隆師の授業が好きな生徒は化学の三國均師の授業が好きという傾向があったという。 -季節講習の「東大物理」で東大対策を全くしない、直前講習の東大物理では6時間のうち3時間で全ての問題を解説し残りをケプラー問題の詳細な解説に費やすということをしていたので2000年代からは「物理・坂間講座」が設置された。 *担当授業 [#e8b66d09] -網羅的ではないが担当講座の変遷は以下のようなものである。 //そのうち、網羅されるできるであろう。 **通期 [#yfbc3322] 例年、お茶の水3号館東大理系コースと市谷校舎医系コース(上位)に出講していた。 -物理AⅠ --お茶の水[[本部校舎>3号館]]・午前部理1(A組・B組) 1986年度 ---C組・D組は山本義隆師。物理AⅡは井上望師→山本義隆師。 --お茶の水3号館午前部理1α(A組・B組) 1988年度 ---C組・D組は山本義隆師。物理AⅡは田沼貴雄師。 --市谷校舎・午前部理3α --お茶の水4号館・難関国公立大理系セレクト A組 1992年度 ---B組は谷藤祐師(A組の坂間師と同じ時間帯金曜日の午後に授業があった)、C組・D組は山本義隆師 --お茶の水校・難関国公立理系コース上位クラス 1992年度頃まで ---下位クラスは谷藤祐師か山本義隆師。 -物理AⅡ --お茶の水[[本部校舎>3号館]]・午前部理1(C組・D組) 1986年度 ---A組・B組は井上望師→山本義隆師。物理AⅠは山本義隆師。 --お茶の水3号館・午前部理1α(C組・D組) 1988年度 ---A組・B組は田沼貴雄師。物理AⅠは山本義隆師。 --市谷校舎・午前部理3β 1987年度 -物理SⅠ --3号館・東大理系スーパー上位2クラス 1998年度頃まで ---下位クラスは山本義隆師。 -物理SⅡ --3号館・東大理系スーパー下位2クラス ---1992年度は平尾淳一師。 ---1993年度は松岡秀樹師。 ---そのあとは年度により、SⅡの下位クラスは高橋和浩師、常盤雪夫師が担当した年もある。 ---上位クラスは例年、田沼貴雄師。年度により、師啓二師、高橋和浩師が担当した年もある。 --市谷校舎・医系スーパー 上位2クラス 1998年度頃まで ---下位クラスは山本義隆師。 -横浜校開校時から2005年度頃まで東大理系スーパーと医系スーパーを担当していた(90年代後半から横浜校では森下寛之師とペアを組んでいた)。 --横浜校・東大理系スーパー(森下師とペア) 1997年度 -名古屋校開設当時、名古屋校にも出講していた。 -共通一次試験時代は、お茶の水校の高卒の共通一次対策講座も担当していたこともある(その後、常盤雪夫師、中島信幸師、新井正一師担当に変わった)。 **高校生クラス [#m88f25f2] -物理AⅠ/物理AⅡ 高3東大コース理系(週3時間) 1985年度 --お茶の水校 -高3東大物理 --お茶の水校 ---1980年代から1990年代前半までお茶の水校「高3東大物理」を担当していた。 ---当初は土曜日のみ担当。木曜日は常盤雪夫師担当。 -高3スーパー物理 --お茶の水校 土曜日14:20-17:10 1995年度 1990年代末期は、お茶の水校「高3スーパー物理」2クラス(木曜日と土曜日)を担当していた。 ---池袋校(水曜日)は、森下寛之師が担当。 ---ちなみに、お茶の水校「高3ハイレベル物理」は山本義隆師(木曜日17:30-20:20)、漆原晃師(土曜日17:30-20:20)が担当、お茶の水校「高3(要点)物理」(土曜日17:30-20:20)は常盤雪夫師が担当。 --横浜校 水曜日17:30-20:30 1995年度 ---1990年代末に「高3スーパーα物理(坂間講座)」となる前の「高3スーパー物理」の横浜校も坂間勇師が担当していた。 -高3スーパーα物理(坂間講座) --横浜校 週1日150分(全24週) ---最晩年は横浜校で、実質、師の単科講座である「高3スーパーα物理(坂間講座)」を担当。 ---通常の「高3スーパーα物理」とは全くの別内容。 前期・後期とも全て講義であり、高校物理の全分野を扱った。 **特設単科 [#fe949e93] -物理・坂間講座 --1990年代前半は、横浜校で「物理 坂間講座」も担当していた。 -現代の物理学 --最晩年は、お茶の水校で「現代の物理学」を担当。 **講習 [#k7454a0d] -物理 -東大物理 --東大対策を%%全く%%あまり行わない師の趣味的講座。 --後任は山本義隆師(現在は森下寛之師監修)。 -スーパー物理 (お茶の水校・横浜校) 2000年度春期講習 --お茶の水校は、森下寛之師も同じ講座を担当していた。 -物理・坂間講座 --最晩年は「物理・坂間講座」を担当していた。 **その他 [#p51ac3df] -合格者対象に春期講習期間に特別授業を実施していた。 --『宇宙旅行-坂間 勇-』 ---《内容》 隣の太陽系を観測するため、地球から5.8光年離れた地点まで往復したい。初めの1年間は加速度9.5m/sのロケット噴射、次の4年間は噴射を止めて、光速76%の等速度運動、その後の1年間は同じ量の逆噴射で望みの地点に至る。帰りも1年間の加速、4年間の等速、1年間の減速で、地球に戻る。12年間の宇宙旅行を終えた乗組員は、出発してから17年後の地上に降り立つ。 以上の数値を計算せよ。 --この解説はブルーバックスの『新・物理学事典』の特殊相対論のページ(師が執筆)で見ることができる。 **駿台以外 [#qec2b1e9] -物理X 駿優予備学校 --池袋の駿友予備学校(のち、駿優予備学校)には創立当初からレギュラー出講しており(3限連続の一日集中講義)、校外生も単科として受講可能だった。 --駿台の授業より若干、丁寧だった。解答のプリントも配布されていた。 --鈴木悠介氏のブログで、1994年度当時の駿優のパンフレットを見ることができる。 -最晩年は、''AMS''・''麻布八雙会''にも出講していた。 *人物 [#p90c248d] -物理学者(素粒子・原子核)。 -元物理科主任教授。 --物理科主任ではあったが、指導方針について他の講師のことは批判したりはしなかった。 山本義隆師も谷藤祐師も田沼貴雄師も常盤雪夫師も自由に授業していた。 何よりも坂間師ご自身が自由に授業をしていた。 -駿台には東工大の同僚(大学院?)の代講で、そのまま入ったとされる。 -駿台を象徴する往年の名物講師の一人。 --爆発ヘアに白衣姿がトレードマーク。 --SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の科学者エメット・ブラウン博士(通称ドク)に似ているとも言われていた。 --''50歳前後の頃から既におじいちゃん''に見えていた。 --山本師は「理論屋の癖に白衣を着て実験屋ぶっている」と言っていたこともあるそう。森下師曰く白衣はチョークの粉避けだったようだ。 -一般的な尺度でいえば不親切きわまりない授業でありながら生徒から不満が聞かれなかったのは、授業内容が至極真っ当であったこと、そして師自身のキャラによるものであった考えられる。 --今でいえば、山本師や関谷師、大島師。過去にまで遡れば奥井師などのように、駿台講師を代表し、生徒のみならず講師にも多大な影響を与えた師ではあるが、これらの師と違うのは、ご本人にそのような気負いが一切なかったことのように思われる。偉ぶるようなそぶりもなく、マイペースで、飄々としており、愛すべき「変わり者」であられた。そういう人柄も含め、長く記憶に残る師であることは間違いない。 -血液型はB型。 -愛車は黄色のポルシェ。 --免許取得は遅く50歳くらいの1986年辺りらしい。 -東大や東工大の受験生からの評価も高かった。 -山本義隆と人気を二分していた。 --例年、お互いの担当クラスからもぐりが発生していた。 -化学科の小倉勝幸師と仲がよく、講義スタイルも共通点があった。 -山本義隆師は「坂間さんは、教材作成時の問題の選択がすばらしい」と絶賛。 さらに「物理の問題集は問題数が少なく解説が詳しいのがいい。坂間さんの(『坂間の物理』)はかなりいい。」とも //坂間師死後の発言プリーズ -森下寛之師「あの本(『特ゼミ 坂間の物理』)に書かれていることが本物の駿台の物理だよねえ」 -小倉正舟師も、相対性理論の入門には『新・物理学事典』(ブルーバックス)の坂間師の記述を薦めている。相対性理論を理解するためには専門書を読む必要があり、一般向けの書物をどれだけ読んでも到底理解できるものではないが、この本は専門書以外では唯一の一読の価値がある内容であるとのこと。 -小野仁彦師「凄い先生だったんですが、ノート取らせてくれなかったんです。ひどいですよね!」 -坂間師がテキストを編集していた当時の物理科教授会において、テキストの問題数が多く、延長・補講を行う講師が多いので、問題数を減らそうという意見が出たところ、坂間師の「私は(授業時間内に全ての問題を)終わります。」と鶴の一声で終わったという。 -青本の物理の解説をかつて執筆していた。 --他予備校生から「解説が解説になっていない」「問題を解くより解説を理解する方が難しい」と言われていた。他大学を受ける学生が「東大の物理ってこんなに難しいのか。解説を読んでもさっぱり理解できなかった」と勘違いすることもあった。 --『東大入試詳解』(駿台文庫)は、坂間師執筆時代の青本の実質、復刻版である。 -「アセント」誌でも連載しており、それらをまとめた参考書が駿台レクチャー叢書の一冊として出版されている。 --絶版となった今では、法外なプレミアム価格で取引されている。 -講習の案内や教材の前書き、いろいろなところに掲載されたエッセイなどは、独特な文体であったが、粋で引き込まれる文章であった。不親切な授業とは裏腹に、模試の解説や参考書はとてもわかりやすかった。 --坂間師、山本師の二巨頭が揃って平易でわかりやすい文章を書く師であったため、師らが積み上げてきた素材は今なお駿台物理科の財産になっているのではないか。 -駿優予備学校ほか、いくつかの他予備校にも出講していた。 --駿優でも駿台同様のエキセントリックな講義を展開し、講師室で女子学生が「わかりません」と泣いたことがある。(実話) -死亡した際のご家族の方からのコメント。 --「本日(2008年8月10日)、坂間勇の葬儀が行われました。 息を引き取ったのは2008年8月8日で、享年74才でした。 彼は最後まで彼らしくあり、本当に気さくで素晴らしい方 でした。生前の彼は素敵な教え子さんたちに囲まれてとて も幸せだったと思います。彼のことを親しんでくださった 方々に、私からお礼を言わせてください。本当にありがと うございました。」 *名言集 [#p90c2481] -「物理学は世の人々が語り継ぎ書き加えてきた壮大なる叙事詩です。もうすでにかなりの長さになっていますが、完結することはないのではないかと思います。今なお書き続けられているその最後のページあたりは未定稿で、まだあと何回も書き直されることでしょう。物理学は自然を語る未完の叙事詩です」 (1982年度「学習指針」) --この「叙事詩」と言うワードを、関西の新田師は4月第1週の授業で物理の世界観を語る際に、坂間師のエピソードと共に必ず話すのだそう。 -「物理学は一つの学問体系です。大学入試のための物理が別にあるわけでなく、物理学の初歩的部分がそのまま入試レベルの物理になります。入試問題を高校教科書的方法で解くなどという無駄なことはやめて、いまから体系的物理学の体系的学習を始めましょう。さしあたり話題は入試範囲に留めますから、そのさきの学習を大学で、そのまま続けてください。駿台→大学の一貫教育です。」 (「駿台高校生クラス入学案内・『高3スーパー物理』概要」) -「春にふさわしく、何か新しいことを始めよう。何を始めましょうか、春にふさわしく、ということであればもうきまり、新しい恋を始めよう。 恋人とは、真面目に、忍耐強く、付き合わなければなりません。軽く付き合っただけで、これはこうなんだな、と勝手に思い込んでいると、後で裏切られます。まして、ちょいとひっかけてやれ、なんていう不真面目な態度で、いいことあるわけないでしょう。 真面目に忍耐強く付き合っていれば、恋人は必ず心を開いてくれるでしょうか、それが、なかなかそうはならないところに、人生の難しさ、厳しさがある。ただもうがむしゃらに追い求めると、かえって恋人は逃げ出すでしょう。押してだめなら引いてみな。たまには肩の力を抜いて様子をうかがうとか、なんか駆け引きがあるみたい。「春の講習」で手ほどきしてもらおうか。 え、恋人の名ですか、「物理」です。」 (1993年度「春期講習」案内文) -「なぜなしイコール」(運動方程式のイコールは証明されて導かれるイコールではない) -「仮説前提なぜなーし。論理なきイコール。物体がぁ~、接近中ぅ~。どっかーん」 -「ハイしゅっぱーつ!ただいま接近中!」 -「ただ今接近中~。相互作用開始~。」 -「宇宙空間に質点有り」 -「世界を内外に分けなさい、外界から働く力を数え上げなさい」 -「力を分解なんてしちゃいけねーんだ、X方向の成分を取るんだ」 -「xのじか~んびぶん、xツードット(チョークが砕ける)」 -「このイコールはだれの責任?」 -「キルヒホッフさんに聞いてみよう」 -「仮説前提なぜなーし 論理なきイコール」 -「これじゃー黒板が足りねーよ。」 -「物理は終わり、ここからは数学の問題」 -「差だけが意味を持つ、比だけが意味を持つ」 -「単位時間当たり」 -「これが一番高級なsinの定義(無限級数による定義)」 -「Xドットを掛ける、物理の定石、保存量が見つかる」 -「一定値は何が決める?何が決めるか初期条件 初期条件ハウマッチ」 -「物理は実技の科目です」(問題演習の重要性を説いていた) -「アー物理ってつまんねぇな、手の体操だなー」(力学の問題は運動方程式が正確に立式できればあとは手の体操である。という意味) -「数式でやるのは素人、こうやって図示する(衝突の問題で)」 -「電気力線に本数なんてねぇんだ」 -「磁場は仕事なんてしねーんだよ」 -「ファラデーの法則、なぜそうなるかなんて屁理屈をこねてはならない」 -「世界を内界と外界に分けなさい」 -「力を数え上げなさい」 -「これが動いたらどうなるかって?それを直感で本能でやれって!」 -「ガリレオの天才に比べればアインシュタインなんか小僧っ子なんだよな!」 -「出題者はインチキしてる、出題者の思考は支離滅裂」 -「質問は歓迎します、ただどんな質問にも答えるとは限りません」 -(壁に気体がぶつかるさいの図を書いて) 「これはリアルな世界じゃねぇよ。世の中こうなってねぇよ。なんでこうなっちゃっていいんよ?・・・・・平均化するんだよ。ならして考えるんだよ。(声を荒げて)なんとなく誤魔化すってことよ!!(チョークを黒板にぶつけ、チョークが粉ごなになる)メチャメチャインチキなことやって、おぉ、壁に衝突するとね、運動量のx成分だけが、変わるんだよ。・・・・・・(小声で)嘘言えってんだよなぁ。」 -「3次元のマトリックス。」 -「未知数4つに式ふたーつ。あと式が2足りなーい。 」 -「この式は俺が決めたんじゃねえんだよ!ニュートンさんが決めたの!!」 -「「右辺に定数とか言う訳の分からない文字入れるから、分からなくなるんだよ!」 (熱力学において) -「こっから先はあなたたちが大学にいってやること。教養課程でねー。今は知らなくてよろしい。」 -「~10^-10 m に接近した原子には電気的斥力が働く」 -「電流のことが知りたい? キルヒホッフさんに聞けばいい。おっと、回路の話をするときには黄色いチョークがいるよ。閉回路をグルッと書く。そこに面を張る。法線ベクトル。(面に対して法線ベクトル n を書く。)法線ベクトルの右ネジの方向にグルッと見回す。 電池の起電力。(カッカッカッと左辺を書く)電圧降下。(カッカッカッと右辺を書く)これがイコール!このイコールの責任は俺にはねーんだよ。キルヒホッフさんがそう言ったんだ。」 -「どんな書き方をしたって良い。あんた達は、全ての組み合わせをやっておきな。」(回路の電流の符号について) -「pv=nrt は三つの変数からなるから気体の状態方程式であって、だからボイルシャルルの法則じゃないわけ。比例とか反比例の関係が入る余地は無いの!ボイルさんとシャルルさんはお墓の中で安らかにお眠りください。」 -「これって証明するのすごくめんどくさくて難しいんだよね。私は大学で水に関する物理はさぼったから、証明はわからないの。」 -スーパー物理(坂間講座)のはしがきから --授業中はノートをとらないで、右ページの解答を見ながら「はなし」を良く聞いてください。物理はまず「ものがたり」なんです。 --わからないところは必ず訊きにくること。ちょっとした数式の変形の仕方でも構いません。情報の伝達には対話が不可欠です。講義時間よりも、その後の質問時間の方を大切にしてください。 --そうやって、何度訊きに来ても良いから、とにかく自分の手で答案を作ること。それ以外に物理の学習法はありません。 -学ぶ権利宣言 わたしにはーー どんな科目でも学ぶ力があると思う権利がある。 どんな疑問でも質問ずる権利がある。 わからないとはっきりいう権利がある。 理解しない権利がある。 先生や教科書を評価する権利がある。 ある科目を嫌う権利がある。 成功したかどうかを自分で決ある権利がある。 (「物理に関する10話」(駿台文庫)100頁より) --登場人物のK君「あのゴーマンなS先生につきつけてやらなきゃ」 *著作 [#n4d6b580] ぶっ飛んだ講義とは裏腹にペーパーでは非常にわかりやすい。 **学習参考書 [#ae58b845] -『駿台高等予備校副読本 大学入試 必修物理(上)(駿台受験叢書)』(坂間勇・谷藤祐・山本義隆 共著 駿台文庫、1979年) -『駿台高等予備校副読本 大学入試 必修物理(下)(駿台受験叢書)』(坂間勇・谷藤祐・山本義隆 共著 駿台文庫、1980年) -『物理に関する10話(駿台レクチャー叢書)』(駿台文庫、1989年) --「アセント」(駿台文庫)連載の単行本化。 -『現代の物理学―大学へのスーパー物理(力学編)』(駿台文庫、2000年) -『難関校突破のための 物理特講90』(旺文社、1985年) --カバーがメタルブラックのシブい初版と、薄紫色のビミョーな新装版(重版)とがある。 --当時、『難問題の系統とその解き方』(服部嗣雄著 教育社)、『物理標準問題精講』(前田和貞著 旺文社)に次ぐ人気を誇った。 --師が編集していた当時の駿台テキストとの共通問題も多い。 -『特ゼミ 坂間の物理』(旺文社、1990年) --「特講90」の改訂版。 --改訂に伴い、問題が90題から108題に増やされた。 --108題は煩悩の数と同じであるが他意はありません、と。 --現在は、オンデマンド出版専門の[[万能書店>https://dps-ec.com/shop/shopdetail.html?brandcode=000000000235&search=%BA%E4%B4%D6%A4%CE%CA%AA%CD%FD&sort=]]のみの取り扱い。 --高い網羅性を誇る問題のセレクト(毎年のように東大の問題を的中させた?)と、大学課程にも踏み込む高度な解説があり、今もなお伝説の名著である。 --森下師「あの本に書かれていることが本物の駿台の物理だよねえ」 --解説のあまりの高度さに、当時の合格体験記には、「解説は読まずに、解答だけ読めばよい」という東大合格者の記述があった。 -『東大入試詳解18年 物理 上』(坂間勇・森下寛之 共編 駿台文庫、2018年) -『東大入試詳解20年 物理 下』(坂間勇・森下寛之 共編 駿台文庫、2018年) --物理だけ25か年ではなく38か年なのは、師の解説を全て掲載するためであろう。 --「こうも簡単では我々の仕事がなくなって困る」などと東大の入試問題をぼろくそに批判している年度もある。 --一方で晩年に書いた解説では問題をべた褒めしている。 -『現代物理学小事典(ブルーバックス)』(共著,講談社,1993年) -『新・物理学事典(ブルーバックス)』(共著,講談社,2009年) --『現代〜』の改訂版。坂間師の解説はそのまま再掲されている。(第6章)
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