桂祐一郎

Last-modified: Wed, 02 Aug 2017 09:25:53 JST (19d)

桂祐一郎(かつら ゆういちろう)は、駿台予備学校数学科講師。2号館,大宮校に出講。

経歴 Edit

  • 東京大学理学部数学科卒業。
  • 東京大学大学院数理科学研究科修士課程修了。
    • ゲージ理論を専攻、指導教官は深谷賢治。

授業 Edit

  • 現役のコースではあまり目立たないが、高卒のコースで東大、京大、東工大コースを担当する実力派講師。
  • 進度はやや速めであるが、板書をした時は生徒が写し終わるのを待つ。
  • たまに解説終盤で説明を止め、生徒に実際に手を動かして答えを導くよう促すことがある。この時に師が教室を巡回していることがあるのだが、生徒がすべきことは公式の当てはめ程度であるので、心配は不要。授業を聞いているだけという状態に終わらせないようにするための師の配慮である。
  • カラフルな板書をするが、写すときは黒一色で書くべきと言っている。これは生徒を授業に集中させ、ノートをとるだけの授業にさせないためのものである。
    • グラフを書くとき、青チョークを多用する。
    • 師の言う通りのやり方でノートを取らない生徒を頻繁に批判する。(もちろん生徒に正しい勉強法を学ばせるためである)
  • 授業では、多量のプリントが配られる。そこには、授業で扱った講義問題の別解や、公式、定理の証明などが載っており、充実している。また、師が読んだ本の紹介も書かれている。
    • 師独特の表現が多い。例えば、「公式は市役所の記入用紙でない。公式は、遊牧民の馬であり、武器であり、野営のテントなのだ」(高卒クラス入学案内より)
    • 「積分の世界というのは職人の世界なんです。積分は職人芸が必要なんです」
    • 師オリジナルの解法を使うときもあるが、丁寧でわかりやすい。生徒からも人気である。
    • 配るプリントは部外秘であり、師の授業や解法に関することは師のみに質問すべきである(本人もそれを強く推す)。
    • 2011年頃、プリントに載せる記号をハートにしていた(師自身、今思うと多少気持ち悪かったと言っている)
  • 質問対応は丁寧で、授業後に教室で質問を待つこともある。
  • 大学生時代、都内数学科学生集合というインカレに所属してたらしい。

担当授業 Edit

通期

人物 Edit

  • 箱根セミナー東大コースの数学担当者の一人。
  • 趣味は読書と数学。
    • 数学のみならず、物理学や経済学、文学、哲学などさまざまなジャンルの本を読んでいるようだ。SFやマンガも好きらしい。
    • プルーストの『失われた時を求めて』が大好きで、盛んに「合格祝いにプルースト」と言っている。
    • ドゥルーズ・ガタリとかベルグソンとかスピノザも好きらしい。
    • 最近、大岡昇平の『レイテ戦記』を読了したらしい。
    • 数学に関しては、中学生の頃、イプシロンデルタやn次元のベクトルを学んでいたことが本人の口から語られている。
  • 教科書の学習順序を否定している。駿台のテキストにおいても順番通りには進められていくとは限らない。
  • 文系とはいえども学部によっては数学Ⅲを使うので、高校でも文系に数学Ⅲを教えるべきと主張している。
  • 結構ナルシストな一面がある。
    • プリントには必ずサインがある。
    • 夏期講習申込期間になると、前年度の夏期講習で生徒から寄せられた感想を抜粋し、プリントにして配布する。隅の方にその年度の担当講座と期間、校舎の一覧が掲載されている。
  • ビニール袋に入った2リットルの天然水と、講師室においてあるプラスチックのコップを常に持ち歩いている。
    • ある時は日本酒の瓶も持参し、ペットボトルからわざわざ瓶を経由してコップに注ぐという謎の行動が見られた。
  • 自身が解答に用いようとした記号が既に別の意味で問題文中に用いられている際に、「記号が盗まれているので〜」と独特な表現をする。独特の言い回しが気になる人もいるかもしれない。
  • 数学的帰納法をドミノ倒し論法と呼んでいる。
    • 数学的帰納法は、実際には演繹法であり、不適切な表現であるとの事。
  • お子さんがいるらしい。
    • 子供を床屋に連れていかなければならないといって、7限終わりで帰ったこともある。
  • 高校、大学時代の風邪の治し方は長距離をひたすら歩き、その歩いた先で辛いインドカレーを食べることだったと言う。
  • 自分たち予備校講師をループものの主人公と言う。
  • 師は独特な感性を持っているため雑談の際、生徒はその感性に全くついていけず置いていかれることが多々ある。
  • 大学時代、谷中霊園に面するアパートに住んでいたらしく(家賃が安い、そばが霊園のため静かで眺めがいい)、家と本郷の校舎(当時)に通いながら数学に没頭する日々だったという。師の話によると、谷中霊園はしっかりとした場所のため霊現象などは起きずかえって閑静なので住みやすく男子学生にはオススメなのだという。(反面暗さがあるため女子には危険とのこと。)
  • 師が高校生時代に日本で二人目のフィールズ賞受賞者である広中平祐氏の主催する、「数理の翼セミナー」に参加しそこには雲兄弟の姿もあったという。
    • ちなみに雲孝夫師とは同級生なのだそう。
  • 中堅の予備校に勤め始めた当初、その予備校の数学主任の講師が不倫で失踪してしまい いきなり師が東大コースなどの上位コースを持たされることになったため、ノウハウや受験の定番もわからずさながら道場のような教え方をしたと語っていた。(2017年度夏期講習)
    • しかしながら、そんな中でも東大に3人ほどは受かったらしい。
    • その後、また別の予備校にて数学の副主任を務めていた時にlAⅡBⅢCの全てで定番をまとめ上げ、駿台に移り今に至ったため、自分は駿台では叩き上げなのだと仰っていた。