最首悟

Last-modified: Sat, 12 Dec 2015 22:02:59 JST (618d)

最首 悟(さいしゅ さとる、1936年 - )は、日本の社会学者。
評論家。全共闘活動家。元和光大学人間関係学部教授(環境哲学)
元人間関係学部学部長。駿台予備学校論文科講師。

人物 Edit

  • 東大教養学部助手時代に東大闘争が活発化したが、 最首は全学の助手有志とともに「助手共闘」を結成し、その中心メンバーとして全共闘運動に参加した。
    東大安田講堂事件を経て東大闘争が沈静化した後も、水俣病問題などへ積極的に取り組み、また、愛娘・星子が障害を持って生まれて来たことから、障害者問題へも深く関わって来た。
    そうした社会問題への関与から、大学当局とは対立し、東大では助手から先へは上がれず、27年間助手を務めたまま、定年退職した (なお、当時の国立大学の助手は国家公務員であったので、通常の生活にはさして困るわけではなかった)。
    その後、私立大学へ教授として迎えられた。
  • 長年にわたって、駿台予備学校へも出講し、当初は生物科講師、のちに医学部受験者用の「医系論文」を中心とする論文科講師となる。また、かつて東大後期入試の総合科目I(理系英語)の責任者でもあり、青本執筆の他、3月の直前セミナーでは当該講座を担当していた。
  • 学んでいる学生がつくっているオルタナティヴなNPOのシューレ大学の1999年の設立以来顧問・アドバイザーを
    勤めている。当初から続いている生命論(いのちろん)は、生物学、哲学、社会思想、60~70年代の学生運動論、
    「障碍」論をはじめ、臨機応変、縦横に議論を展開し続けている。
  • 茨城県の智森学舎予備校などへの出講経験もある。

経歴 Edit

  • 1936年福島県生まれ、千葉県育ち
  • 東京大学理学部動物学科博士課程中退
  • 東京大学教養学部助手を27年間勤める
  • 元恵泉女学園大学教授
  • 障害者作業所「カプカプ」運営委員
  • 津田塾大学や東京シューレ大学への出講経験もある

著書 Edit

大学受験参考書 Edit

評論集 Edit

  • 山本義隆潜行記』(講談社、1969年)
  • 『生あるものは皆この海に染まり』(新曜社、1984年)
  • 『半生の思想(河合ブックレット)』(河合文化教育研究所、1991年)
  • 『明日もまた今日のごとく』(どうぶつ社、1988年)
  • 『出月私記』 (新曜社、1989年)
  • 『水俣の海底から』(京都・水俣病を告発する会、1991年)
  • 『星子が居る』(世織書房、1998年)
  • (盛口 襄・山口 幸夫)『理科を変える、学校が変わる』(七つ森書館、2001年)
  • 「ケアの淵源」(川本隆史)『ケアの社会倫理学(有斐閣選書)』(有斐閣、2005年)

ほか多数

寄稿論文・関連記事など Edit

  • 「『ホントウとは何か』予備校で考える」『ザ・予備校』(第三書館、1986年)pp. 200-205.
  • 特集「教育変革と新しい予備校像」 『駿台フォーラム』第19号(2001年) ISSN 02895579
  • 「<予備>の持続と変容」
  • 船岡富有子医系英語論文マルチプレックスについて」

ほか多数

外部リンク Edit

最首塾
和光大学による教員紹介ページ
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E9%A6%96%E6%82%9F" より作成