山崎寿春記念館

Last-modified: Sat, 13 Aug 2016 21:41:41 JST (316d)

山崎寿春記念館とは Edit

  • 現在は存在しない。
  • 山崎寿春」というのは駿台予備学校創立者の名前だが、「じゅしゅん」や「すばる」ではなく「としはる」と読む。
  • 1号館に隣接していて、1号館新築時に取り壊され、1号館の敷地の一部となった。
  • 記念館という名称ではあるが、1フロアに50−60人規模(今なら40−50人規模?)の教室が1教室のみ6階建ての非常に小規模な校舎であった。とくに最上階の教室は30人規模の屋根裏部屋のような教室であった。
  • 1号館とは1-3階で渡り廊下でつながっており、実質的に一つの校舎として運用され、旧1号館の別館と扱われていた。また、山崎寿春記念館という呼称も一般的でなく、普通に1号館と呼ばれていた。
  • 駿台リンデンスクール(現在の駿台フロンティアJr)のあと、東大進学塾エミールなどが入居していた。
  • 1号館の1階に駿台予備学校講師室と受付があり、記念館の1階には東大進学塾エミールの受付があり、玄関と受付を使い分けていたが、教室は相互に共用していたようだ。
    • 1号館の玄関がニコライ堂の側、記念館の玄関が日本大学歯学部付属病院の側。