奥井潔

Last-modified: Sat, 18 Mar 2017 16:09:03 JST (100d)

奥井 潔(おくい きよし、1924年 - 2000年)は、日本の英文学者、英語教師。元 東洋大学名誉教授、元 駿台予備学校英語科講師。故人。

ここでは奥井の英語教師としての側面を中心に記述する。

経歴 Edit

  • 1924年台湾生まれ
  • 1943年学徒出陣。復員後、東京大学文学部英文科にて中野好夫の指導を受け、1952年卒業。
  • 1954年より駿台予備学校講師。大学教員の傍ら半世紀近くにわたり教鞭をとり続けた。
  • 1995年に東洋大学名誉教授。この間、東京大学、法政大学、埼玉大学、東京女子大学、慶應義塾大学などの講師を歴任、東洋大学文学部長なども勤める。

授業 Edit

  • 駿台予備学校においては一貫して最上位クラスの英文解釈の授業を指導。通常授業では「チョイス・エクササイズ」、季節講習では「上級英解(奥井講座)」を担当していた。
    • どちらも、短い英文ながら、文学作品や哲学書の原典からの引用など非常に重くかつ示唆に富む内容で、文法や単語が分かっただけでは一筋縄で和訳できないような文章が選りすぐられていた。
  • 授業は英文の文法上の要点を軽く説明したあと、本文を一文一文丁寧に訳出し、最後に本文に関連した雑談を行う。この雑談は、本文の理解の助けになる内容にとどまらず、人生論・道徳論にまでおよぶものであった。
  • 師の授業の本質は師の深い見識から紡がれる豊かな内容の雑談であり、これにより難解な英文の内容を深く理解し、また多感な受験生に自分の人生について深く考えることを促すことにあったと思われる。もとより、受験レベルの些末な知識を増やすことは師の指導の眼目にはなかったのであろう。
  • とはいえ、師の和訳は単語一つ一つの意味を損なうことなく、be動詞ひとつもおろそかにすることのない正確で流暢なものであり、その難解な英文をさらりと日本語に翻訳するプロセスを追体験することは、あたかも目の前の霧が一気に晴れるかのような知的快感を伴うもので、受験生としても大い勉強になるものであった。また、英語力のみならず現代文の記述力も同時に鍛えうるものであった。
    • 奥井師も自ら英文を深く理解する力を鍛えることは、自ずと現代語力を鍛えることにほかならない、と述べていた。
  • 受験で出題される内容が、モームやエリオットなどのいわゆる名文を和訳するものから、新聞や論文などを素材にした長めの評論文を読んで大意を読み取るものへと、徐々に変化するなかで、最晩年にいたるまで、文学作品や哲学書の原典からとってきた英文を翻訳するだけの昔ながらのスタイルの授業を続けていたが、それでもなおたくさんの受講生をひきつけた。奥井師などが耕していったこういった土壌があってはじめて、現在の駿台のアカデミズムの雰囲気を伝えるようなカルチャーが成立するように思われる。
  • 駿台予備学校において毎年3月に開催されていたセミナー(現大学準備講座)で毎年行われた師の「駿台を巣立つ諸君へ」と題した講演は毎年受験を終えた駿台生が数多く聴講した。今まさに駿台を巣立とうとしている学生達への奥井師からのエールとも言える感動的な内容であった。
    • この「駿台を巣立つ諸君へ」という演題は鈴木海太師の大学準備講座における講演の演題として今なお引き継がれている。
  • クラスが下がるたびに若干やる気が無くなっていっていた模様。最上位クラスだと感極まって泣いたりすることがあったらしいが、下のクラスなるほどそれはなくなっていた。

人物 Edit

  • 長身でギョロッとした目つきの紳士であった。
  • 常に威厳をたたえ、受講生に対し穏やかに、また時に情熱的に語りかけるような授業をする師であった。またしばしば授業中に教壇を降り教室内を巡回しながら授業した。
  • 伊藤和夫師を駿台予備学校に紹介した。
  • 伊藤師が駿台に構文主義を遺したのだとすれば、師が残したのは今に残る駿台のアカデミックな雰囲気であろう。
    おなくなりになった時の追悼文が教科をこえて様々な講師からよせられていたことからもうかがえるが、今大島師がそうであるような、いってみれば駿台講師の精神的支柱であった。構文主義と違い形に残るものではないので、伊藤師と違い今では話題になることも少ないが、師が駿台にのこした影響はとても大きい。
  • お亡くなりになる年まで駿台講師を続けておられた。生涯現役の講師であった。冬期講習期間中自宅で体調をくずされ、その後まもなく亡くなったそうである。

名言 Edit

  • 今ぐらい君たちが両親から金を奪い取ることができるときはないんです。この千載一遇の機会を利用しないということはありません。今頼めば、たいがい聞いてくれるでありましょう。
    そして親から金を取ることは、ある意味で大切なことです。ある意味では親孝行の道かもしれませんよ。親父はまだまだこれで呆けてはいかんと思って頑張るでしょうね。君たちが両親の期待に沿い得るような日常生活をしているならば、君たちが必要のお金を出すことに、親は決して抵抗を感じないものなのであります。僕は親だからそう思う。(親と金)
  • 大学で期待してはいけないことの一つは、教授に期待するなということであります。これはなかなか難しい。大きな期待を大学教授に持って入った人は、まず大半が失望落胆するのが普通なのであります。あまり大学の教授に期待してはいけません。彼らは、ある程度のオリエンテーションをすることはできますけれども、大切な問題は全部自分が孤独な部屋で発見しなければならないものなんです。特に文化系に進んでいく人は、このことだけは肝に銘じて覚えていておいてもらいたいですね。大切なことは孤独な部屋で自分で考えて発見しなければいけないのであります。教授に期待しないで講義を聴いているうちに、ひょっとしたら、すばらしい教授と巡り会う機縁になるかもしれませんねえ。私はそういう教授に巡り会う機縁に何度もあったからであります。だいいち、あまり期待しないということが、失望を免れるたった一つの方法かもしれないのであります。(大学で期待してはいけないもの)
  • この情報的知識のうちで、皆さんの関心が捉えたものだけが、諸君の心の中に蓄積される。そしてこれが整理される。分類される。そしてまとまった形で諸君の心の中に入り込んできたときに、これをknowledgeと言うのであります。これが知識というもので、情報的知識は必ずknowledgeに変化せしめられなければならないのである。そして、このknowledgeを実にたくさん持っている人を、博学多識の人と呼ぶのである。こういう人はたくさんいる。
    そして大切なのは、この知識を実生活の中に活用し、活かす力を、これをwisdomと言うのであります。これを知恵と言う。この知恵という言葉には実践的な意味が非常に深く入っている言葉であることを忘れてはいけません。そして実践的ということは、倫理的という言葉と同じ意味なのであります。wisdomは、知識を具体的に実生活の中で活かす、倫理的、実践的な力を、これをwisdomと名付け、このwisdomがcultureとしっかりと結びつく言葉なのであります。
    情報的知識は見事に整理された知識に転じ、この知識は具体的に実生活の中で活きなければならないのであって、この活かす能力のことを知恵、wisdomと名付ける。そういう倫理的な、そして実践的な力を知恵というのであり、cultureはこの知恵という言葉と合体するのであります。(information→knowledge→wisdom)
  • 奥井名言集