京都校

Last-modified: Sun, 16 Apr 2017 09:18:07 JST (186d)
  • お茶の水校についで2番目にできた校舎で、1971年に開講した。関西では一番古い。
    • 東大が入試を中止した際に(このwikiを読んでいる人なら周知の通り、山本義隆師がリーダーとなった東大全共闘の東大闘争の影響である。)、駿台生が代わりに京大を受けたところ入試傾向の違いに対応できず、ことごとく撃沈した為、東大以外の大学対策の必要性を痛感した駿台が、拠点として設置したのが京都校であるといわれていいる。
    • 関東古文科の主力である上野一孝師は京都校開校一期生の生徒である。古さは察して知るべし。
    • 正確には上野師が在籍した年のみ仮校舎だったが、師が在籍した校舎が仮校舎だったという事実は師が駿台講師になったかなり後(今から比較的最近)知ったそうだ。
      • 思い返してみると食堂の床にボーリング場のレーンの跡が残っていたり変なところはいろいろあったようだが。
  • 立地はあまりよくない。京都駅から電車で数本いってその最寄り駅から徒歩10分かかる。
    • 世界遺産にも登録されている二条城の隣に位置するので環境自体は悪くない。
  • 東京で一番古い3号館と比べてもなお古い印象をあたえる校舎である。
    • 「この辺の建物の中では二条城(世界遺産)の次に古い」と冗談でいわれるほどの古さ。
    • 二条城の近くだからなのか、屋根に瓦のようなものがひきつめてある不思議な建物である。地方のさびれたホテルみたいな概観。
  • 古い上に立地もお世辞にもよくないが、関西では駿台最古というブランドもあって、幾多の優秀な生徒に恵まれ、関西での進学実績は高いようである
  • 開校1年目だった当時、とある講師が授業中に心臓発作を起こして教壇に倒れ込み死亡するという事件が起きた事があるらしい。
  • 関東圏の生徒に関係があるのは高3みやこセミナー京大コースが挙げられる
  • 食堂が生き残っている。
  • 詳細は駿台大阪校wikiへ。